アートの才能を伸ばす女子教育
灘への思いが断ち切れない
今年ご縁をいただきました中1生の親です。
入学して半年。息子は通学にも大量の課題にも慣れ
甲陽での中学生活を楽しんでおります。
しかし、ときどきふと「やっぱり灘に行きたかったな」とこぼします。
その時は「なに言うてんの。今年の(大学進学実績)日本一は甲陽やで。いい学校に入れてよかったな!」と返すのですが、
実は親の私も灘への思いが断ち切れずにいます。
幼い頃から灘を目指し親子で頑張ってきました。
親が誘導したところもありますが
息子自身も灘の文化祭や体育祭に足を運び
「絶対ここにいきたい!」と自ら目標にしてやってきました。
しかし、結局成績が届かず、断腸の思いで志望校を下げることにしました。
長年の夢が消えたときの絶望感は、今でも思い出すと胸が苦しくなります。
同じように灘を目標にされ親子で頑張ってきたけど
成績の関係で甲陽を受験されたという方。
気持ちの切り替えはできましたか?
灘への未練はありませんか?
灘に合格されたお友達を羨ましく思いませんか?
本当に愚かなことを言っていると自覚しております。
でもどうしても心の重りが取れません。
同じように気持ちにモヤモヤを抱えている方、
この心の重りを共有しませんか?
小学校入る前から 灘にあこがれ 対策(個別、家庭教師、飛び級など)していたなら、受験のとき成績で断念した時点で 灘に余裕をもって入れるレベルでなかったんだから、未練をもっても仕方ない。H学園なんか 多くのボーダー層受験者を つくるから あれだけの合格人数を 確保できるのではないでしょうか。とにかく成績のいい子は 灘を受けろって雰囲気で 灘受験者以外は 手厚くないのですよ。灘高校受験のため 3年間ずっと勉強して 無事合格したら すでに学校は大学受験モードですから そこから休むことなくさらに3年間勉強ばかり 、、
「あの人と結婚したかった。」というのと一緒で、こういう後悔はなかなか吹っ切れないものです。「やってから失敗する」は「やらないで撤退する」に勝ります。頭では割り切ろうとしても感情がついてこない。高校受けて落ちても悩み続けるよりはいいかと。私はそろそろ白髪の目立ち始めた元灘校生です。天才ではもちろんなく完全な努力型でしたが、友人たちに「お前頭の回転遅いな(笑)」と温かく励まされながらの楽しい青春でした。人生はしょせん暇つぶし。思い切ってチャレンジされては。もし失敗しても命までは取られません。若いし(羨ましい)。数十年後には笑い話になってますよ。
高校受験は中学受験と次元が違うから、
中学受験で灘に届かなかったからといって
高校受験をあきらめるべきだということにはならない。
灘が高校一年から受験モードに入るというのもウソだ。
数学については甲陽中学で高校数学ⅡBの途中までやるし、
英語については灘高受験で高校中級レベルまでやることになる。
つまり、灘高に入ってから上半分に行けるだけの勉強を中学ですることになる。
灘高受験にとどまらず、灘高入学後のことも考えると甲陽中は最高の環境である。
最初のほうで登場された方と別人ですよね??
投稿者名が同じですが、文体も姿勢も違いますし。
某所の塾で灘志望が少なく甲陽志望が多いと聞きました。
スレ主さんは遠回しに灘を受験するよう誘導していますよね!!
時期的にもぴったり合致します。
夏を境に灘クラス、灘志望から甲陽に変更されるかたが増えます。ボウダ-の甲陽志望者にとっては気が気ではないですよね。押し出される気分でしょう。少しでも灘志望のままいてほしい気持ちわかります。
皆それぞれ、良く考えて選ばれるのみです。選んだら振り返らず頑張る事。それで、人生決まるわけではありません。つまらないスレだては止めときましょうよ。
約25年前の話、まだ甲陽が高校からも入れた時代の話です。
同じようにほんとは灘高に行きたかったのですが安全策で甲陽高を受験しました。
甲陽は楽しかったですし、仲間にも恵まれましたし、卒業後希望の職業にもつけました。でも、未だに「ほんとは灘に行きたかった」と未練があります。通学時分も「ほんとは灘に行きたかった」と親にこぼしたこともあるかもしれません。ただ、後悔しているってのとは違うんです。灘をめざしていた過去がいい思い出で、それを思い出して楽しんでいるというか。私の場合はそうでした。
息子さんもそうではないでしょうか。後悔しているわけではないと思うんですが…。甲陽は楽しかったですよ。灘に行っていたらどうだったか…はわかりません。行ってないですから(笑)。































