女子美の中高大連携授業
「カーネーション」スレッド
本日より「カーネーション」スタートです。
皆さま、ご自由に感想をどうぞ。
誠に勝手ながら、ネタばれは禁止とさせていただきます。
ホームページ、新聞予告等での情報はお控え下さいませ。
それでは半年間よろしくお願いいたします。
かんすけの出征時は、選ばれたものだけの(次男・三男等を中心に健康なもの)名誉な出征でした。
その前日清・日露の時には、今の韓国のようなある年齢で一度は、みたいな徴兵だったようです。
けれど、国家総動員法が発令された後は、国民は皆軍に協力するのが当然となり、名誉の出征ではなく
国民の義務としての出征となりました。 協力できないものは欠陥人間として蔑まれ(かんすけのパターンや
徴兵検査に落ちる)もしくは非国民としてしょっぴかれて行った時代、次男・三男だけでなく長男にも
一家の長(勝さんも婿とはいえ小原家の長です)にも赤紙が来て、そのうちに中高年も戦地に、学徒動員も、
かんすけの時代までは優先的に除外されていたエリートの大学生達も、卒業を繰り上げて戦地に行きました。
勝さんに続いて、泰三兄ちゃんにも赤紙は来るのでしょうね。 勝さんが一家の長達の中で早い方だったのには
紳士服のテーラーであったことも大きかったのかな? それでの「すみません・・」かもしれません。
その出征に、スーツ・背広姿に帽子で行ったのは、勝さんなりの自己表現だと思いました。
通用せずに送り返されましたが・・(「貴様何をふざけてる!」と数発殴られたかもしれませんね。)
かんすけが戻って来た時、歓迎の会・そしてその後もかんすけは姿を見せなかった。それで町内の人達は皆
状況を悟ったと思います。 時勢の流れに従って、安岡の家は腫れ物のような感じだったでしょう。
情の厚い糸ちゃんは、それができなかったのでしょうね。
当時は、その時代にそぐわない人達は身をひそめているしかなかった時代です。
糸ちゃんは確かに鈍感で直情的ですが、時代に負けまいと、必死で生きている懸命さを感じます。
皆さんのレスを読んで、勘助くんと勝さんの出征時の様子の違いについてよくわかりました。特に、選ばれた「名誉」から、当たり前の「義務」になったこと、その違いは大きいですよね。それと、私はみんなの「本心」はわかっていたのですが、表向きはもっと喜ばないといけないムードなのかと思っていました。多分勝さんを見送っている人たちは身内や気心の知れた人ばかりですから、形だけのお祝いを言う気にはならなかったんでしょうね。
豚肉は私もナレーションを素直に(?)聞くと、お客さんの誰かが田舎で飼っていた豚…とかなのかなと思ってたんですが、神戸のつてかも知れないしわかりませんね…。
最後のシーン、なんで勝さんはそんなとこにそんなもんを…と思いました(いや、上手に隠せばいいっていう訳でもないですけど)。大事にしてたのか、無頓着に入れたのか、どっちでしょうね。
勝さんの出征の様子が、勘助の時と随分ちがうなあ、と思って見ていましたが、
皆さんのレスにあらためて状況の違いを感じました。
「惚れなおした」矢先の出征と浮気発覚、でしたね。
(お父ちゃんに「すいません」と繰り返すシーンでもらい泣きしました)
夫婦水入らずの外出では、可愛らしい糸子で、カーネーションの刺繍の赤いショールが、
よく似合ってました。
見送るときにも、さっと羽織って嬉しそうでしたが、押し入れにしまいこんじゃいましたね。
嬉しさが大きかっただけに落胆も大きいですね。
もちろん浮気は嫌です!
が、自分はどんな妻だったか考えるときに、夫の上機嫌に甘えてほったらかしにしていなかったか
(たしか都合の良い夫だとつぶやいていたような)などとは省みないで、
自分の稼ぎで羽振りよく遊んでいた、だからいつも上機嫌だったんだ、と相手にばかり思いが行くのが、糸子らしい?ような。
それだけ、毎日がむしゃらに働いてきたのかなとも思いますけれど…
お父ちゃんが浮気を知って、娘をかばうどころか「浮気のひとつやふたつ!」と
開き直るのが悔しく悲しかったのもあるでしょうね。
セピア色様へ。
この前の朝ドラ「おひさま」でも同様でしたと思います。
「国家総動員法」発令、「国民精神総動員運動」、当時は明治憲法の時代であり、国民は皆「臣民」でした、1銭5厘の赤紙で満州などへ出征しても何も文句が言えなかったんです。
大正15年生まれの私の祖父は胸の病の経験があったせいでとうとう戦争に行かされずに終戦になりました。
戦後、弁護士事務所を開いてバリバリ働き親戚一族まで養うほど稼ぎ、祖母は楽だったと思いますが「うちのおじいちゃんだけ戦争に行かなくて恥ずかしかった」と、数年前に祖父が亡くなるまで時々責めていました。
その時何の反論もせずに苦笑いをしていた祖父の顔が思い出されます。
それから、経済的にはあそこもここも助けてやったと、祖母の口から嫌というほど聞かされました。祖父母も有り余るほどの収入からでなく、自分たちも苦労して、それよりも苦しい親族を養ったり学校に行かせたりだったので、言いたくもなるのでしょう。でも誰でも好き好んで施して貰ったり助けて貰った人はいないのですよね…
大変な時代だったんですね…
ドラマでは食べ物を配って貰ったところが決していい顔をしてないあたり、よく描かれていると思います。
これからどうなっていくのでしょう、目が離せません。
食べ物を頂いた時に「いい顔をしていない」というのは、ちょっと違うかも・・・
「言葉にはしないけど実は迷惑に思っている状態」が「いい顔をしていない」ということになるから、これにはあてはまらないと思います。
多分、頂くばかりでお返しも出来ず申し訳ない思いでいっぱいなのですよ。
近所づきあいって、持ちつ持たれつだから、本来は糸子のように分けてあげるばっかりになると相手が気を遣うのがわかるから、あまり必要以上にしてあげないほうがいいんですけどね。
でも、この時代は、正月準備もままならないような貧しい時代。
相手が気を遣うだろうからと、自分のところにたくさんあるものを分けてあげないなんて、糸子にはそんなこと出来ないですね。
気にせんといてなって思っている糸子だって、相手が気にするのをちゃんとわかっているから、電気屋さんの奥さんの気持ちをありがたく受け止めたんだろうし・・・。
水茄子さん、コメントありがとうございます。
なるほどですね…祖母の話を聞いてばかりだったのでへんな先入観で見ていました。
糸子の素直な気持ち、ちゃんと伝わっていますよね。人の気持ちを掴むことが出来たからこそ偉業を成し遂げたのでしょうから…




































