女子美の中高大連携授業
「カーネーション」スレッド
本日より「カーネーション」スタートです。
皆さま、ご自由に感想をどうぞ。
誠に勝手ながら、ネタばれは禁止とさせていただきます。
ホームページ、新聞予告等での情報はお控え下さいませ。
それでは半年間よろしくお願いいたします。
お父ちゃんが簡単にアッパッパを着るわけないと思っていましたが
あんなきっかけでうまくいくとは(笑)
今回は鉄拳が飛んで来なくて良かったです。
テレビとはいえ張り飛ばされるシーンはちょっと怖いですから。
来週も楽しみですね~。パッチ屋ご夫婦にはこれからも出演して欲しい
のですが、出番が少なくなっちゃうのかな。
中学を卒業したあたりの設定でしたっけ?まだ15歳なんですよね。
同じくらいの子供がいるのですが、全く違いますね。トホホ。
糸ちゃんは本当に偉いとおもいます。
大阪っぽい女優さん、なかなかいないと思うのですが、糸ちゃんはとても大阪っぽくて、バッチリだと思います。
大阪の子は、ひとことで言うと『いらち』が多いんです。
『かんたて(感を立てる。つまり感情的になる)』というか、せっかちで、グズグズしている子をみると「なにグズグズしてんねん。はよ決めーや!」となるし、物事を遠回しに言わずにストレートで言う人が多いように思います。
糸ちゃん役の女性、本当に『かんたて』に見える。天性の才能かな。すごいです。
岸和田は大阪でもちょっとディープで、味があってええとこです。
確か鈴木紗理奈が岸和田でしたね。ちょっとヤン系のきれいで面白い子が多い気がします。
ほんと、見つかるようで見つからなかった隠し場所で、お客さんの目にとまりましたね。
お客さん(第三者)の登場で、お父ちゃんも客観的にその価値に気づいたのか、
商人魂も揺すぶられてましたね~。
ある意味、お母ちゃんのお手柄ですが、必死のごまかしぶりが怒られなくて良かったです(笑)
しまいには得意げにアッパッパを着て往来を闊歩!似合ってました。
着物風なデザインが着やすくて良かったのでしょうね。
お父ちゃんが頑なになるほど、負けじ魂に火がつく糸ちゃんの表情が頼もしいです。
大将が言いにくそうに、店をやめてくれ、って。
あれは、本格的に洋服を作る勉強をしなさいという親心と思いたいのですが、どうでしょうか。
ごめんなさい。
鈴木紗理奈、検索したら、岸和田出身じゃなかった。
岸和田の男性と結婚したいと言ってたけど、違ったんですね。
間違ったことを書いて失礼しました。
ところで、糸ちゃんが作った男もんのあっぱっぱ、売れましたね。
お母さんの慌てぶり、お父さんの意外そうな顔、面白かった。
ぱっち屋さん、辞めてくれって言ってましたが、なんでやろ。
不景気なんかな。うちの父親あたりの年代のおっちゃんは、ももひきとかパッチ穿いてましたけどね。
糸ちゃんのひらめきで、ぱっち屋さんも新しい商品置いて繁盛するといいなあ。
ホント毎日面白いです。
ぱっち屋さんの大将の言葉
なぜなんでしょうね?
自分の趣味で洋服作るのなら
店のミシンをなんぼでも使わせてくれても
お店の商売物(アッパッパ)を縫うのはダメなんじゃない?
と思って見てましたが
そういう事なのかな?
でも、それなら、注意すれば済むことですね。
それとも、不景気とか?
申しわけなさそうに切り出していたので
不景気ということでしょうか・・・ねぇ。
お母さんはあのアッパッパをわざとあそこに置いたのでしょうか?
それとも、本当に捨てようとして
紛れこんでしまったの?
いろいろ気になりますが
とにかく
毎日楽しいです。
>不景気なんかな。うちの父親あたりの年代のおっちゃんは、ももひきとかパッチ穿いてましたけどね。
今、昭和の初めですよね。不景気だと思います。
(出口のない不景気を打開するために、海外に活路を求めて植民地を広げ、戦争になっていったわけですから・・・)
桝谷パッチ店の主力商品は、父親世代が穿いてたようなゆったりした下着のパッチじゃなくて、
祭り用のかっこいいパッチなんじゃないでしょうか。
不景気だと、祭りのためにパッチを新調する人も減るのでしょうね。
カーネーションが始まる前に、NHK関西ローカルの番組で、
岸和田で祭り用パッチを縫っているお店が紹介されていました。
そのときは、カーネーションにパッチ店が登場するというのを知らなかったので、
岸和田にはそういうお店があるんだー、とびっくりしながら見てただけだったのですが、
カーネーションでパッチ店が出てきたので、事前に紹介してたのはそういうことだったのか、と思いました。
ネットで検索してみたら、祭り用のパッチを売っているお店がたくさん紹介されているページがありました。
http://www.kishinavi.com/danjiri/patch.html
岸和田出身の母はだんじりの時に穿くズボンを
「パッチ」ではなく「バッチ」と言っていました。
本当はどっちなんでしょう?
そういえば以前、岸和田の商店街で配布されていた
小冊子にも「バッチ」と書かれていたような。




































