アートの才能を伸ばす女子教育
なんで早慶ばかり各界で活躍する人材が目立つのか?
カンヌ国際映画祭で最高賞を受賞した是枝裕和監督も、過去2回受賞した今村昌平監督も早稲田文学部出身と言う事を思い出しました。
文学の世界でも実業の世界でも政治の世界でもマスコミ業界も、
目立つのは早慶出身者ばかりじゃないですか。
こういうと「人数が多いから」とトンマな事を言い出す方が必ずおりますが、
早慶VS旧帝に置き換えても歴然とした差があります。
どうしてこういう事になるのでしょうか?
>早稲田二文とか社学は昔は法政程度だったでしょう
法政どころか、共通一次が始まるまでは国立も含めて夜間は学歴に入らない時代でした。
地方国立では主に地場産業に従事する高卒社員の啓蒙のため、地場産業に関連する学部学科で開講されていた経緯があります。
ただ、あくまでも地場産業のなかで評価されることはあっても他所にいけば「夜間=高卒」だった時代です。
横国や都立にも夜間があり多くの学生が学んでいましたが(都立大は阿藤海さんが有名)、就職時に企業から貼りだされる求人票には学部の指定があると同時に「昼間部に限る」の注記があったはずです。
そのため夜間は資格取得(司法試験や税理士)を目指す人が多かった。取得できなければ高卒扱いで就職となるため背水の陣だったわけです。中央の法学部の夜間はまさにそういった人たちの集まりでした。
実際、夜間は倍率が1倍を切るのが当然で「全入」、誰でも入れました。単位取得も簡単でしたし、第二外国語の履修義務もなかったはずです。夜間でも倍率がつきはじめて就活の門戸も多少開かれるようになったのは共通一次試験の後からです。
夜間に倍率がつき、「昼間部のう回路」のようになったがために大学は使命を終えたとして再編に踏み切り現在に至る、というわけ。
社学は早稲田二部の再編途上にできた中途半端な学部でしたが、受験生が増大する時代にマッチして早稲田本来のユニークな学生が集まり偏差値や学力を超えて人気学部になっていました。
昼間部になりその良さが消えてしまい残念という声も多いようです。






























