アートの才能を伸ばす女子教育
なんで早慶ばかり各界で活躍する人材が目立つのか?
カンヌ国際映画祭で最高賞を受賞した是枝裕和監督も、過去2回受賞した今村昌平監督も早稲田文学部出身と言う事を思い出しました。
文学の世界でも実業の世界でも政治の世界でもマスコミ業界も、
目立つのは早慶出身者ばかりじゃないですか。
こういうと「人数が多いから」とトンマな事を言い出す方が必ずおりますが、
早慶VS旧帝に置き換えても歴然とした差があります。
どうしてこういう事になるのでしょうか?
それがスポーツ科学部を設置した時の早稲田大学の基本方針です。
それによって野球、ラグビー、駅伝などなど臙脂のユニフォームが躍動すれば構わないです。
慶應大学は慶應大学のスポーツ推薦のやり方があるでしょうからその通りすればよいのです。早稲田大学のスポーツ推薦を学力不問と言うなら、慶應大学湘南のAO入試も学科試験はありませんから、ドヤ顔するほどでもありません。
強いて面白くないことを上げれば「文武両道の慶應大学はスポーツ推薦はありません、キリっ!」を繰り返すことですかね。
失礼ながら、そういう詭弁を弄するところが、どうもね。それにくらべれば、早稲田や立教大学さんのアスリート入試の方がはるかに可視性・透明性が高い。箱根駅伝で昔、あの大迫選手が走っていたとき、テレビ解説者の瀬古さんが「君は走ることで早稲田に入れたのだから、もっと頑張りなさい」と述べていた。その真偽はともかく、特段それに違和は覚えなかった。大迫選手には当時も、周囲を納得させるだけの実績が存したから。「多様性」などとの口上など、不要であった。
慶應は総合型選抜(AO入試)の先駆けであり自負もありますから、学力不問の推薦といわれることには承服しかねるでしょう。運動選手は多様な学生の一部でしかありません。一方、早稲田はスポーツ科学部を設立して運動を究める人材を集めました。どちらのやり方もそれぞれに目的や集まる人材は異なりますので、優劣はつけがたいですし、違いがあって面白いです。どちらも大学名を背負って競技し、きちんと卒業しているのですから立派なことです。
慶應のAOは一定の学力を満たした上でスペシャルティとして競技に優れた選手も取る。でもスポーツだけがスペシャルティではないからスポーツスペシャルティ学生が入れる数は限られる。
また慶應は論文、面接、学校の内申書で学力は見ていますり































