充実した教育環境の日大付属高校
なんで早慶ばかり各界で活躍する人材が目立つのか?
カンヌ国際映画祭で最高賞を受賞した是枝裕和監督も、過去2回受賞した今村昌平監督も早稲田文学部出身と言う事を思い出しました。
文学の世界でも実業の世界でも政治の世界でもマスコミ業界も、
目立つのは早慶出身者ばかりじゃないですか。
こういうと「人数が多いから」とトンマな事を言い出す方が必ずおりますが、
早慶VS旧帝に置き換えても歴然とした差があります。
どうしてこういう事になるのでしょうか?
東大落ちの早慶生と元々早慶狙いの早慶生では、ベース・素養が違うよな。
東大狙いの子は、理系でも国語や社会、文系でも数・理や社会2科目に関する高い学力が求められる。
理系でも東大の国語は記述式。
しかも、現代文だけではなく、古文・漢文もあるからね。
また、共通テストの社会でも、東大理系狙いの子は、8割以上はとるよな。
理系の早慶専願者には無縁の対策。
東大文系なら社会は2科目必須。
しかも2次試験はほぼ全て記述式(論述式)。
150分の試験時間内で2科目合計1000字以上は書くことになる。
しかも課題の文章や資料などを正確に読み取った上で。
東大狙いの受験科目が多いのは事実ですが、それをそのまま大学入学後の素養の差に結びつけるのは単純すぎますね。
入試科目の広さと、大学での研究力や専門能力は別物です。実際、大学に入ってからは専門分野に集中するため、入試で問われた古文や社会の知識が直接活きる場面はほとんどありません。
加えて、早慶でも数学・英語・専門科目で高い水準が求められる学部は多く、専願だから学力が劣るという話にはなりません。入試科目の違いをそのまま能力差に拡張するのは、受験観に引きずられた発想です。
入試の負荷と、その後の研究・実務能力は別の話。そこを混同している時点で、議論の前提がずれていますね。
一浪して早稲田で卒業してかれこれ20年くらい経つけど当時から現役生にはコンプレックスみたいなのあってどこか引け目みたいなのを感じてたし劣等感みたいなのあったけど、これだけ時間が経つと東大生も5科目ハイレベルでこなしてきて凄かっただけのことで社会に出たらちっぽけなことだとは思える
それは前提が逆。
私学の方が教員人事の自由度が高く、重点分野に専門教員を集中投入できる。国立や総合大学は学部バランスや定員配分の制約が強く、むしろ専門特化は難しい。
実際、研究評価や論文数、外部資金では特定分野に強い私学が総合大学を上回る例は幾らでもある。専門店より総合大学が上というのが誤解なのではなく、私学は専門が弱いという前提自体が誤解。
失礼ながらこの比較何の意味があるのかわからない。いずれ社会人生活を送るうえで考えれば東大卒は両極端。自分の周りにいる東大卒は常識のある対応ができるのは約半数。残りは異常さが際立ち常識的な人格ではない。ただし学力はどちらも当然にある。慶応はすべてに無難に見える。早稲田はばらばら。優秀ではあってもどこか人格的に壊れたところが目立つ人が一定数いる。また学閥で群れたがらないのは美点だが、いつまでたっても卒業学部で早稲田は差別的。
あたかも自分の周りの東早慶評論みたいだが、中身は世間の“早稲田バンカラで群れない、慶應スマートで群れる”の域を出ないんじゃないかな。半世紀前ならともかく、今では早慶も偏差値輪切りで入学する学生が大半。慶應だって群れない奴もいるし、早稲田も群れるのが好きな奴もいる。当然東大もそうだが、早慶も出来る奴もいれば出来ない奴もいるし、変な奴だって慶應にもいる。
東大は別格だが、早慶MARCHあたりの学生はほとんど変わらない。早慶は学生をそっくり入れ替えても分からないんじゃないかな。






























