アートの才能を伸ばす女子教育
なんで早慶ばかり各界で活躍する人材が目立つのか?
カンヌ国際映画祭で最高賞を受賞した是枝裕和監督も、過去2回受賞した今村昌平監督も早稲田文学部出身と言う事を思い出しました。
文学の世界でも実業の世界でも政治の世界でもマスコミ業界も、
目立つのは早慶出身者ばかりじゃないですか。
こういうと「人数が多いから」とトンマな事を言い出す方が必ずおりますが、
早慶VS旧帝に置き換えても歴然とした差があります。
どうしてこういう事になるのでしょうか?
私の肌感覚だと、東大と京大は太陽と月くらい違います。じゃあ、東大と早慶は?と言うと、太陽と蛍くらいの差がありますよ。早慶は凡人の中でやや光っているくらいで、それ以上はいないんです。当人たちは全く気がついてないですけどね。
その整理、2000年代の就活本みたいな世界観なんですよね。
たしかに、日本型大企業の調整構造の中では、慶應人脈や東大型官僚ネットワークが今でも機能している部分はある。
でも、それをそのまま現代の勝者構造みたいに語ると、一気に古くなる。
今、世界の産業構造を塗り替えている側って、そもそも日本的な学閥ゲームの外側で動いている。
しかも、日本で社長と言うと、いまだに巨大組織の雇われ経営者を過大評価しがち。
でも世界市場で本当に価値を生んでいるのは、調整型管理職というより、資本・技術・市場を自分で作った創業者側です。
あと、東大は国策企業、慶應は民間。
この二元論もかなり昭和。
AI、半導体、宇宙、量子、バイオ、プラットフォーム産業みたいに、国家と民間資本が溶け合っている時代に、そこを綺麗に分けて語る感覚自体が古いんですよ。
結局、その手の話って、
どこの大学が社長人数多い
どこの学閥が強い
という、日本経済がまだ内輪で回っていた時代の残響に近い。
でも今の若い世代って、そこに昔ほど夢を見ていない気がしますけどね。






























