充実した教育環境の日大付属高校
新紙幣 1万円→日本女子大 東京女学館 5千円→津田塾大 千円→北里大 慶応大医
5年後に登場の新紙幣の人物
一万円札 澁澤栄一 日本女子大 創立メンバー 学長
東京女学館 創立者 館長(校長)
五千円札 津田梅子 津田塾大 創立者 塾長(校長)
千円札 北里柴三郎 北里大 創立者 所長(校長)
慶応大医学部 医学部の創設に貢献 学部長
各校は喜びにわくでしょうね。
一橋大学に入学するとすぐに、澁澤栄一のことを学びます。入学式での学長挨拶、新入生歓迎の如水会のパーティー、図書館の胸像、あらゆるところで。一橋生にとってはたいへんなじみのある人物です。不思議なことに、森有礼についてはあまり学びません。申酉事件で学園存続の危機に陥った際に、澁澤が調停役を買って出てくれたからかもしれません(学園の恩人です。一橋大学は限りなく私立大学に近いですね)。澁澤は一橋の学長は務めていませんので、このスレでは対象外になるのですね。
一橋大学の同窓会組織である「如水会」は、渋沢栄一により「君子の交わりは淡きこと水の如し」(礼記)より「如水会」と名付けられたようですし、今でも一橋大学には「渋沢スカラープログラム」という教育プログラムもあります。
なじみのある人物というのは事実だと思います。
それなら、一橋大学ウィキも一応貼っておきます。でももっと森有礼さんを敬いましょう…笑
「一橋大学は森有礼が渋沢栄一の援助を得て[1]、1875年(明治8年)に開いた商法講習所を源流とする日本で最も古い社会科学系の大学である。第二次世界大戦前には商学専門の官立大学(旧制東京商科大学)として開設されていた。森有礼は、幕末期にロンドン大学に学び、のち初代米国代理公使としてワシントンに滞在した。英米両国では実業家が官僚や政治家に劣らず活動していること、国家独立の基礎は経済の富強にあって、そのためには経済人の育成が急務だと痛感したこと、それらが学校設立の端緒となっている。」
私も「渋沢栄一」と聞いて、真っ先に一橋大学を思い浮かべました。
図書館に胸像ありましたよね。
そして、5千円札は「津田梅子」ということで、ん?と思いました。
一橋大学と津田塾大学…。なにか意図があるのかしら?と。(考えすぎですかね;)
津田塾大学の前身である英会話学校は一橋大学創設者の森有礼の私邸を買い取った津田梅子により開学されています。
この縁が今の「インカレ」まで繋がっているのは知っていましたが、
お札にまで何となく因縁が!!?
如水会の名前の由来はこのスレッドで初めて知りました。
ありがとうございます!!
































