女子美の中高大連携授業
早慶附属に入れておけば良かったと思うことはありませんか?
中学受験や高校受験の段階で、早慶附属の80%偏差値は超えていたけれど、それ以上の難易度の進学校へ進まれたケース限定でお願いします。
中学や高校でのお子さんの成績や様子を見て気を揉んだり凹んだりして、早めに早慶附属に入れてしまえば良かったと思うことはありませんか?
結果的に早慶大進学となるなら、中学(高校)から附属の方が良かったと思うことはないでしょうか?
どこに比べて、そうお考えかな。以前にも申し上げたが、比較とは双方の条件が同一であるときにのみ有効に成立する。
しかるに東大、京大と早慶とでは、客観的に国からの研究上の優遇度に大きな格差が存在する。そうした所与の前提を考慮することなく機械的に「比較・評価」するなら、それは児戯に等しいものと言わざるをえまい。
慶應さんのアカデミアへの貢献度は歴代、十分に尊敬に値するものがあると私は考える。
早慶、特に慶應附属へ入れる偏差値であることを承知で進学校を選ぶことは、早慶へ入れないリスクも承知することだ。ただ、進学校と早慶附属はまったく違う世界だ、甲子園で慶應義塾高校が優勝し、慶應塾員の愛校心の強さが話題になったが、特に慶應附属へ行くことはああいう世界に入ることを意味する。慶應附属高校の授業は大学の教養課程に準じていて、カリキュラムも他大学受験や共通テストに対応していない。医学部希望者以外は競争もない。鉄緑会などとは無縁だ、今回の慶應義塾高校の優勝を鉄緑会で東大一直線の生徒はどう思っているかね。羨ましいと思うか、あんなクレージーな集団に入るのは嫌と思うか、聞いてみたいね。
現象的にはその一面は認められるのかもしれない。しかしながら、その主因はやはり、彼我における研究条件の相違(格差)にある。すなわち、この国の高等教育行政に根強い一部国立大学偏重路線ならびにそれを追認する国民の権威主義志向(裏返しとしての「官」への甘え、コンプレックス)である。それは日本だけでなく、隣国などでも共通して見受けられる東洋全体の宿痾。民主主義の未成熟さえ疑われる。大学生の80%もが私学に在学するとのこの国の現状を踏まえれば、その異様さはさらに露わになる。
実学志向と思われる慶應でも、当然ながらアカデミックな研究は盛んだ。たとえば、ご指摘のマルクス経済学研究でも、慶應は法政とならび首都圏大学有数の研究実績を有する伝統校だ(その後、法政は衰退)。今でも、優秀な研究者がいる。
しかしながら、世間の多くはそれを知らない。むしろ「(慶應では)近経は盛んだが、マル経はない」などと、的外れなことをいう。それは、あの一橋でもマル経研究が盛んであったり、左派系教授が少なくなかったとの事実につき不知なことにも共通する。
他方で、早稲田でのマル経研究の実績は相対的に乏しい。とくに今の政経学部など、市場原理主義者らの巣窟と化したかの感さえある(血眼になり、数学の「効用」なるものを外部に発信しているのも彼ら)。もっともあそこは、改憲派憲法学者の拠点でもあり、護憲派の多い法学部とは対象的。その辺りも、世間の印象とは異なるのかもしれない。




































