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早稲田大、立命館大、愛知大、桜美林大、大阪産業大、岡山商科大、関西外国語大、札幌大、福山大、北陸大、武蔵野大、山梨学院大、立命館アジア太平洋大国内13大学で「孔子学院」設置 

【7207168】
スレッド作成者: 影響力 (ID:/mHE5PPHOVQ)
2023年 05月 12日 13:51

政府の閣議決定した答弁書による

日本で設置が確認されたのは早稲田大、立命館大、愛知大、桜美林大、大阪産業大、岡山商科大、関西外国語大、札幌大、福山大、北陸大、武蔵野大、山梨学院大、立命館アジア太平洋大。

どう思われますか?

教育方針に影響与えてますか?

【7788373】 投稿者: Margaux   (ID:RGCXcI4b1Ps)
投稿日時:2026年 04月 20日 00:19

挙げている条件がすでに東京前提の価値観ですね。地方私大から大手に入る人もいますし、そもそも就職先は大手だけではありません。

加えて、ライブやポイント政策の有無で居住地を評価するのも極端です。医療アクセスも地方都市なら徒歩圏にクリニックがあるのは珍しくありません。

東京の利便性は否定しませんが、個別の例を並べて「東京しか無理」と結論づけるのは、短絡的でしょうね。

【7788562】 投稿者: ゲーム   (ID:/LqvF5iuqA.)
投稿日時:2026年 04月 20日 08:42

中国では「ねずみ人間」という夜型でゲームばかりしている引き篭もりのような若者が増えているとあった。
良い大学を出ても求めるような就職がないためだとのこと。
その影響か、日本等に中国の人々が流入してきて日本人の進学や就職にも影響が出ているとか。
日本の若者も苦労しているので、自国内で解決して頂けると良いと思いました。

【7788583】 投稿者: Margaux   (ID:xvvIaazmJDc)
投稿日時:2026年 04月 20日 09:10

そうですね。

【7788650】 投稿者: 昔から   (ID:NmXogTtLkB2)
投稿日時:2026年 04月 20日 11:52

昔から中国では科挙のような過酷な受験文化があった、衣服一面に文字が書かれたカンニングペーパーなど歴史的な資料として見たことがある。
現在の受験戦争は日本よりも過酷だと聞くし、昔からある民族的文化?のため緩和は難しいのだろう。
それにしてもこれだけ過酷なことをしても民度やモラルは低レベル、教える内容を人間的に成長できるものにできないのだろうかと切に思う。

【7788731】 投稿者: 実際   (ID:NmXogTtLkB2)
投稿日時:2026年 04月 20日 13:57

中国で受験競争に追い詰められ、2800万人もの若者がうつ病を抱えているという事実は、教育のあり方が限界に来ていることを示している。学歴だけで人生の価値が測られる環境では、子どもたちは「自分らしさ」を発揮するどころか、他者との比較の中で自己否定に追い込まれてしまう。教育は競争に勝つためではなく、一人ひとりの得意や興味を伸ばすためにあるべきだ。個性が尊重され、進路や将来の選択が「点数」だけで決まらない社会こそ、持続可能で豊かな成長につながる。親や学校、社会全体が「誰かと比べる教育」から「その子自身を見る教育」へと転換し、子どもたちが健やかに夢を描ける環境を整えることが急務

【7788796】 投稿者: Margaux   (ID:woUS6PWkjHI)
投稿日時:2026年 04月 20日 16:45

まず、2800万人という数字を根拠に教育制度の是非を断じるのは飛躍がある。中国の若年人口規模を考えれば、精神疾患の絶対数が大きくなるのは当然で、受験競争だけを原因と断定するのは因果関係の単純化に過ぎない。都市化、就職難、格差拡大、住宅問題など複合要因を無視している。

さらに、競争があるから自己否定に追い込まれるというのも短絡的。競争は選抜と資源配分の仕組みでもあり、むしろ透明な試験は家庭環境やコネより公平性を担保する側面を持つ。競争を否定しながら、代替となる客観的評価軸を提示していない点で議論として未完成。

加えて、個性重視と点数評価は対立概念ではない。個性を伸ばす教育を掲げた国や学校でも、最終的には大学入試や採用で評価が必要になる以上、何らかの共通指標は不可避になる。理念としては耳障りが良いが、制度設計としては空白が多い。

結局、この種の主張は、複雑な社会問題を「競争が悪い」という道徳的物語に回収しているだけで、現実の教育制度をどう運用するかという核心には触れていない。

【7788883】 投稿者: 教育論   (ID:NmXogTtLkB2)
投稿日時:2026年 04月 20日 19:03

勉強だけがすべてではない。中国は心を大切にしてほしい。若者が病むような社会を作ってはいけない。教育論は押しつけではなく、その子の特性に応じた段階的なものでなければ伸びるものも伸びない。親の過度な期待や社会の雇用不安がある中で、抑圧されながら勉強をした結果、地位や名誉を得られなかった落差はいかばかりか。絶望ですらあるだろう。若者は多少の我慢や飢餓感を体験する事は大切だが、自らの存在意義が感じられ、やりがいを感じ、人びとの温かみを感じながら、希望の持てる教育と社会との繋がりを意識した社会構造を目指すべきであると思う。

【7788968】 投稿者: Margaux   (ID:B3CcCxiFLhY)
投稿日時:2026年 04月 20日 22:03

理念の話にすり替わっていますね。

こちらは制度や因果関係の話をしているのに、返答は「心が大事」「希望が必要」という価値観の表明に終始している。これでは議論になりません。

そもそも「勉強だけがすべてではない」というのは誰も否定していない。問題は、では何を基準に評価し、どう選抜するのかという制度設計です。そこを避けて理念だけを語っても、現実の教育は運用できません。

更に、競争があるから絶望が生まれるというのも単純化です。競争がなければ、今度はコネや家庭環境の差がそのまま固定化される。むしろ透明な試験は、そうした不公平を緩和する役割も持っています。

希望や温かみは重要ですが、それは制度の代替にはならない。評価や選抜を伴う以上、一定の競争は不可避です。

結局、理想としての教育論を語っているだけで、現実の制度をどう設計するかという核心には触れていませんね。

あと。
一目瞭然。普通メールなり、書き込みなりってこうやって段落を分けるんですよ。

それができていない時点で、社会に属されていらっしゃらない事が丸わかり。

不適アピールを敢えてされたいので無かったら、文章の体裁を整える事をオススメします。

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