女子美の中高大連携授業
早稲田政経の一般入試の募集人数枠は昔の1/3以下。一般入試生は第一志望多い?他大学とどう難易度比較?
早稲田大 政経 政治経済学部 一般入試推移
年度 一般募集 受験者 合格者 実質倍率
89年度 1060 20686 1826 11.3倍
90年度 1060 19988 1845 10.8倍
91年度 1060 20002 1731 11.6倍
92年度 920 19775 1483 13.3倍
93年度 920 15330 1600 9.6倍
94年度 920 13621 1254 10.9倍
95年度 920 12938 1395 9.3倍
96年度 920 13035 1543 8.4倍
97年度 920 11668 1576 7.4倍
98年度 920 10529 1725 6.1倍
99年度 920 10660 1641 6.5倍
00年度 850 10615 1456 7.3倍
01年度 800 9637 1440 6.7倍
02年度 750 9925 1316 7.5倍
03年度 600 9831 1045 9.4倍
04年度 500 8520 1100 7.7倍
05年度 500 8558 1002 8.5倍
06年度 500 8624 990 8.7倍
07年度 450 8845 798 11.1倍
08年度 450 8123 939 8.7倍
09年度 450 8010 897 8.9倍
10年度 450 7583 900 8.4倍
11年度 450 6853 1036 6.6倍
12年度 450 6337 1104 5.7倍
13年度 450 6242 978 6.4倍
14年度 450 6004 832 7.2倍
15年度 450 5598 929 6.0倍
16年度 450 5773 958 6.0倍
17年度 450 5815 769 7.6倍
18年度 450 5387 723 7.5倍
19年度 450 4882 743 6.6倍
20年度 450 4675 640 7.3倍
21年度 300 2850 730 3.9倍
22年度 300 2375 697 3.4倍
23年度 300 2362 713 3.3倍
一般入試で志願している学生は第一志望のかたが多いのでしょうか?
また一般入試でない方法の受験方法の難易度はどうでしょうか?
学部全体での難易度比較は困難になってきているといえますか?
多種多様な学生がほしいのでしょうか?
なんでここまで入試制度を変える必要があったのでしょうか?
世の中の変化のニーズに対応するためでしょうか?
早稲田の推薦入学が半数を上回ったと聞きました。
そして学生の基礎学力そのものが落ちてきているとも聞きました。
難関な一般入試を乗り越えて入学した学生と、いくら定員が少ないとは言え偏差値40台の高校から推薦で入学した学生の学力が同じなわけありませんしね。
多分早稲田も(その他の中堅以降の大学含め)今後の入試に関しては考えてくると思います。
偏差値が崩れているのではない。偏差値という物差し自体が、時代に合わなくなっただけだ。数字で測れる力の範囲が、もう教育の中心ではなくなっている。
推薦が増えたことを劣化と見るのは浅い。一般入試で点を取る力と、社会で何かを動かす力は、すでに別の次元にある。偏差値四十の高校からでも、自分の思考を形にできる学生が出てくる時代だ。逆に、高得点でも動けない人間は淘汰される。
大学が問われているのは、誰を入れるかではない。入った後、誰を生み出せるかだ。点数の序列にしがみついている限り、教育は過去の記録装置のまま止まる。
自分の体感でも、国公立や難関私大に一般入試で合格者を多数出す高校の偏差値の下限は58であり、
それを下回る偏差値の高校では推薦の話がしっかりされると思う。
58を上回る高校では、推薦の話は先生側から出ないし、推薦を受けるのはなんかダメみたいなイメージをみんなもってて、基本的に国公立を第一志望にするよう教師も働きかける。
偏差値58を境に世界が二分されるという体感そのものが、いまの高校教育の構造を鮮明に物語っていると思う。受験行動だけでなく、生徒が自分をどう位置づけるかも、その線を基準に整理されてしまう。
ただ、それは能力の実態ではなく、制度が作った重力にすぎない。一定以上の学校で推薦が忌避されるのも、進学実績という記号が学校経営に直結するからで、生徒の個性や進路戦略よりもブランド維持の論理が優先されている。
偏差値の下にある学校で推薦が前提化していくのは、大学進学の扉が点数ではなく制度的な通路に切り替わっているからだ。だがその通路の質は均一ではなく、生徒がどんな経験を積めるかは、制度の外側にある環境の差に強く左右される。
結局、58という数字が語っているのは個人の限界ではなく、教育システムがどこまで古い序列を温存しているかという事実でしかない。大学が本当に問われるのはその序列の再生産ではなく、そこに入ってきた学生をどう変えるかで、そこが変わらない限り線引きは永遠に残るだけだ。




































