女子美の中高大連携授業
【ヤバい】地方国立の偏差値はどこまで下がるのでしょうか?【マーチが遥か彼方】
明治文系…偏差値55→60
金沢大文系…偏差値57.5→52.5
ここ15-20年でMARCHは難化し、地方国立は易化しました。研究費運営費を削られ、立地も悪い地方国立は、ジリ貧不人気化。一方、良好な就職実績や大企業幹部となるOBの多さなどから、MARCHの人気は今後も続きそうです。
実際、一昔前なら地方国立の併願はMARCHでしたが、いまではどう頑張っても日東駒専くらいです。
一方でマーチはもはやかつての旧帝志願者をも取り込む勢いです。
なぜ地方国立はこんなにも不人気化したのでしょうか?
お金と学歴はあって得することはあっても損することはないでしょう。
もちろんお金や学歴が全てとは思いませんが、無いより有るに越したことはない。お金が無くても学歴がなくても幸せな人生を歩むことは可能ですが、色んなハードルも高く感じるだろうし、それを乗り越えて行ける人だけがお金や学歴は関係ないと言えると思いますけどね。
お金と学歴が損にならないのは、その通りだと思います。
ただ、あなたが言う無いより有るに越したことはないという感覚は、いまの地図では半分しか正しくない。
問題は、何を得れば人生のハードルが下がるのかという基準そのものが書き換わっていることです。かつては学歴が階段を整えてくれたが、今の社会では階段そのものが動いている。AIも産業構造もキャリアの在り方も、同じ場所に留まらない。
だから学歴はあれば便利というより、持続性が弱い資産になりつつある。対して価値を持ち続けるのは、何をつくれるか、どこまで自分の意思で動けるかという可変的な力です。
お金や学歴が関係ないと言えるのは乗り越えた人だけというのは分かる。けれど、その乗り越え方自体が変わっている。
今必要なのは、扉の鍵よりも扉そのものを作り替える側に回る力だと、私は思います。
大卒の両親だと迷いなく子供が大学進学を視野に入れる時点で、大卒のメリットを感じている証拠だよね。
逆に高卒両親とかだとその感覚がないため、学歴なんてなくても良いと考える人も増えるイメージかな。
教育費をかけることがプラスになることを大学に進学した人は良く認識してるよね。
学歴のメリットを実感する家庭に大学進学が自然に映るのは、その通りだと思います。けれど、そこから導ける結論は昔ほど単純ではありません。
社会の構造が動いてしまったからです。かつては学歴が人生の道筋を固定し、進路の手すりとして機能していました。しかし今は、産業も職業も目の前で組み替わり、同じ階段に留まるだけでは安全が担保されません。便利だと思っていた資格や看板が、持続性の弱い資産に変わりつつあるということです。
強いのは学歴そのものより、自分の意思でどこまで動けるか、何を生み出せるかという変化に耐える力です。そこを獲得できる環境は家庭の学歴よりもはるかに重要で、教育費というより、世界をどう解釈するかの感覚が子供に伝わるかどうかなのだと思います。
学歴の価値が消えたわけではありません。ただ、何に価値が移っているのかを見誤ると、更新されるべき地図を昔のまま手にしてしまう。今いる場所を動かす力の方が、未来のハードルを確実に下げます。




































