アートの才能を伸ばす女子教育
国立大学って東大以外は立地の悪い大学ばかりですよね?地方にある大学は論外にしても都心にある一橋もど
国立大学って東大以外は立地の悪い大学ばかりですよね?何か理由があるのでしょうか?
地方にある大学は論外にしても、一橋にしても東京都は名ばかりのど田舎だし、青山や池袋に鎮座する青学立教あたりとはえらい差だと思うのですが、あえてど田舎に大学を作る戦略だったのでしょうか?
今期に放送している朝ドラ「あんぱん」のモデルである、やなせたかしさんが、東京高等工芸学校に通われたいたそう。
東工大の前身にあたる学校に設立された、デザイン系の学科で当時は東工大の田町キャンパスにあり、空襲で焼けて松戸に移転、その後千葉大の工学部に吸収されたのかな... 今調べたら、千葉大がこれに乗じて展示を行っているらしい。
詳しい人がいたら補足おねがいします。
千葉大の西千葉キャンパスは、昔は陸軍の研究所だったらしい。道を隔てた隣に、今でも自衛隊の小さなビルがあるとか。その一角に東大の第二工学部(現在の東大生産技術研究所)があって、陸軍と共同研究していたとか。現在、東大が売って、一部は千葉大が買ったらしい。
歴史のある千葉大医学部は、少し離れた城に近い亥鼻キャンパスにあります。
旧帝大以外の地方国公立大は、新制大学が発足するときに幾つかの医学校や高等専門学校や師範学校を統合したので、キャンパスが分散している例が多いのが悩み。
私立大学は都心を目指す、国立大学は広さを目指す傾向があるのかも。
やはり、いくら先進国の不動産が高いからと言っても過剰な不動産投機により、実際に住む人の収入に対する住居費用の支出が歪になり、結局はそこの経済圏を回すのが富裕層だよりになってしまうのは懸念がありますね。
以下はただの私見で、補足にはなりませんが
実在して実際に入学したのは高等工芸専門学校で今は千葉大工学部なのは確かな様です
工芸とは?美術や芸術の様な一点ものではなく、量産化であったり工業デザインや商業ポスターなどという指向性かな? 今は個人レベルで写真やイラストををデジタル加工(加工という意味では音楽コンテンツも映像も)容易に思い通りにできる技術が解放というか完成しており
ただ、その前段階で印刷物や写真撮影と延長としてテレビ番組的なコンテンツを大量に消費してきている、アンパンマンも商品として経済や影響力等々を与えて来てるとも言える
それを作ったのは時代的に戦前の価値観へのアンチテーゼというか題材にはなる
今の若い世代が感情移入しながらドラマとして80年前とその前後の歴史を追うのに適切な収まり
当時の教育制度や小学校(尋常小学校と高等小学校)と旧制中学や高等女学校と旧制高校、旧制の師範学校、旧制の高等工業学校(≒工業専門学校)同じ並びで高等農林、高等商業、旧帝とは別の医学専門学校(旧六)
どうも当時は明治後半から大正~昭和10年代まで創立と改組や移転は併合吸収と学校制度は複雑だった様子、あとは進学率の違いで旧制中学で10%前後だったようで
その辺りも判っている様で各自の理解はバラバラな気がします
併せて今現在の国立大の立地にしても沿革にしても軍は関連して出てきます
千葉大(旧六)にしても埼大と横国にしても、もっと良く言われて然るべきと個人的には思っています
私大の営業力政治力からは国公立大の存在自体が民業圧迫らしいので、首都圏での進学(中学受験から私文と受験産業)の特異さを感じます、スレタイが立地云々と持ち出すのもそこに起因しているかと
私大の沿革は詳しくないのですが文系は法律や簿記や語学教室が母体、例えば甲子園に出ていた愛知県の名電高校は電気工事の民間の学校が高校を作ってるケースで大学は愛工大という私大が後みたいです
東大の第二工学部も軍需、柏も千葉ですし 千葉都民という距離感なのでしょうか?
あとは書かれている高等専門学校は戦後の現行の高専になります、旧制の官立の高等工業学校が途中から工業専門学校と名称変更した上で新制の国立大の工学部になっているのを旧制工専という言い方をした時期もあったらしいです
戦後の復興期というか高度成長期を支えたのは戦前の教育制度が育成した人材だったのかもしれません
「いつか暴落する」とか言われながら、都心の不動産の値段は下がらず、上がる一方ですよね。
やはり、住むなら都心がいいですよね。
都心のほうが、職場にも近ければ、医療施設や役所、スーパーも多いし近いし、鉄道バスタクシーも多いので車いらず。
返信先は多摩地区の国立大の立地ですよね、繋がってないですが
首都圏の再開発を含めた供給過多なビル建設の空室率のニュースは目立つようになりましたし、テナントが入らない等々も併せて
首都圏私大への地方からの流入が減れば賃貸需要も下がる、この辺りを考えられては如何ですか?
> 例えば甲子園に出ていた愛知県の名電高校は電気工事の民間の学校が高校を作ってるケースで大学は愛工大という私大が後みたいです
工藤公康のころはまだ名古屋電気高校だったよ。イチローのときは愛工大名電高校だったけどね。
愛工大の前身は名古屋電気短期大学で、キャンパスは最初は名古屋電気高校と同じ敷地にあったけど、1970年代に豊田市の田舎に移った。そのためキャンパスはそれなりに広い。
不動産取得と教育費を餌に煽る集金装置はピークアウトする時期が近い未来予測
1960年代くらいから地方から人を集めて職(場)と出会い→結婚と宅地開発と銀行ローンというビジネスで潤った時代があった、そこに私大経営が上手く乗ったんだと思います首都圏の場合は
首都圏に多く人材供給をしてきたのは甲信越東北で、もう出し過ぎたのかもしれませんね
労働人口の社会増減としてみると、1950年までは出生率4.0台と1950~75年は出生率2.0 この時期の出生数自体が多かったんです 人口置換水準を下回るのが少子化ですから既に50年間は少子化です、いきなり始まった訳では無い
甲信越東北を農業生産人口としてみると、機械化によって人手が少なくて済む産業に代わる時期でもあるんです、子どもの数が多かったのもあって、鉄道によって首都圏に供給できる人数も多かった時代が続いたのが、今は細くなっているんです
首都圏で中学受験して中高大と私立って割高、分譲も賃貸も首都圏は割高 そこに大金を支払って欲しい産業もあるんでしょうが、そこまでの価値があるのかな?と考える側もいる 地方で国立大理系で満足している側には、割高さにお金も時間も動力も回したくないよね






























