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136 コメント 最終更新:

【受験の頂点】東大 早慶 医学部【目指すべきテッペン】

【7683520】
スレッド作成者: どれかに入りたい (ID:DFsPzPq0mAI)
2025年 06月 19日 13:20

現在高3の受験生です。

現在、河合偏差値で70、駿台偏差値が67です。

東大早慶、あるいは医学部のどこかに入りたいです。

ダメだった場合は浪人します。

【7688916】 投稿者: 身の丈   (ID:BVHLU0L051g)
投稿日時:2025年 07月 06日 17:02

内定取れてない子は一部上場企業にしか就活してないとか、高望みしているんじゃない?
地元のヤンキーは身の丈に合ったところで働いているのだと思うよ。

【7689032】 投稿者: 日系と外資では勝負にならない   (ID://RDfFSsl7M)
投稿日時:2025年 07月 06日 23:07

うちの子はこの偏差値80の企業に所属している。
他の80内の外資からも内定もらっていたが断った。どちらもオンラインで面接が7~8回あった。
外資の方は毎回違う面談者がそれぞれ点数つけて総合計で上位者はインターンが可能になる。ちなみに外資は7人全員が満点だったらしい。
米国の大学に在籍してたが航空券往復分として100万、インターンの月給85万、インターン中の宿泊は港区のマンスリーマンション、内定時に提示された条件は引っ越し費用200万、初年度年収1,200万、日系と外資では勝負にならない

【7689144】 投稿者: 学力   (ID:et1BBXXcfxc)
投稿日時:2025年 07月 07日 09:22

仕事の成果は、学歴そのものより学力との相関の方が高い。この学歴と学力を混同しているケースが結構あるのでは。

学歴なんて数年前の状態の証明でしかない、と考えると、「仕事の成果との相関は、なくはない、なくらい」という話を聞いたことがあるが、まぁ、納得はできる。

【7689290】 投稿者: 証明   (ID:GqyjCJ8YJvI)
投稿日時:2025年 07月 07日 15:15

学歴は学力をわかりやすく証明するもの
東大=学力1級、早慶=学力2級みたいな感じ

スポーツ推薦など色々な入り方があるから単に学校名だけでは学力を示すものにはならないが大体そこの大学出てたらこのぐらいの学力というのはわかる

学校の勉強が好きじゃないだけで学歴低いけど学力高い、頭の良く仕事が出来る人もいれば
とにかく暗記だけ得意で高学歴だけど喋りやアウトプットが下手で仕事は苦手な人もいる
学歴=仕事が出来るとは限らないが
仕事は学習能力、アウトプット、コミュニケーション…と必要になるので学力がないと仕事出来る人にはならないのは確か

【7689405】 投稿者: 実は   (ID:4Ni1HMWfTj2)
投稿日時:2025年 07月 07日 23:15

就活偏差値の高い企業は、ほぼ、いや全く公募してません。大学、学部ごとに採用枠があってゼミや運動会にOBが来て拐われるだけです。
エントリーシートの良し悪し、面接の出来映えなんか全く関係ないです。同じ大学でもOBが居ないゼミは苦労しますがNGではありません。三菱商事にフィルターあるか?ないと思います。ほぼ全員別ルートで採用されてますから。

【7689474】 投稿者: STARS>早慶   (ID:UDXvI/v8s46)
投稿日時:2025年 07月 08日 07:37

バレてる。
学生の平均学力は
STARS(佐賀、鳥取、秋田、琉球、島根) > 早慶
古今東西、私大に賢い人は進学しないです。

【7689637】 投稿者: キーエンス   (ID:g3AO0HTJkuw)
投稿日時:2025年 07月 08日 17:56

就職偏差値78の キーエンス創業者は工業高校卒
キーエンスは関大、近大、京産大、龍谷大からも複数名内定出てる

【7689640】 投稿者: 知らんけど   (ID:FLakjE.A.rk)
投稿日時:2025年 07月 08日 18:02

東京で通用する地方国立大学は〇〇大学まで
スレッド作成者: 田舎の常識は都会の非常識 2025年 06月 10日 11:46
東京で通用する地方国立大学は、京都大学までです。

それ以下の大学でマーチ以上の扱いを受けようとすると、鼻で笑われる。
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宝塚市に高額の寄付で有名になったのは元キーエンスの役員

経歴を下記にコピペ 神戸大学の卒業者とは違う模様

東京都出身。兵庫県宝塚市在住。1970年(昭和45年)立命館大学理工学部を卒業。電子技術エンジニアとして回路設計に携わっていたが、30歳手前の時に失業。

1975年(昭和50年)リード電機(現:キーエンス)に3人目の社員として入社。1977年(昭和52年)取締役、1986年(昭和61年)6月常務に就任(同年キーエンスに改称)。1994年(平成6年)に退職し、監査役を務めた。

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