充実した教育環境の日大付属高校
慶應幼稚舎残念組が筑駒開成に行って東大を目指すということ
最強の無敗ルートは、慶應幼稚舎→慶應医学部です。
税金でエリート養成してとか、大切な国税を進学校に回し、、などの意見がありましたが、普通の公立中、都立(県立)とお金の使われ方はさほど違わないと思いますが。
校舎や施設もボロいし、日本の宝とも言える頭脳を持った子たちに、むしろ莫大な税金を投入すべきだと思う。
資源の少ない日本が生き残る(再生する)には技術力を育てるしかないと思う。
また同じところで止まっていますね。
大手=正解、というより
大手=初期選択肢の一つにすぎない、が正確です。
制度が整っているのは事実でも、それはキャリア全体の最適保証ではない。
業界、職種、裁量、成長速度で意味は変わるし、大手特有の配属ガチャや分業固定もある。
キミの議論は毎回「整っている=安心=正解」で思考が止まる。
そこから先の構造差まで見ないと、キャリアの話にはならないですよ。
学校群制度の導入によって、都立高校からの進学者数が減ってしまって、代わりに筑駒とか開成などの国立や私立からの進学者が増えたことが、結局、男女比の問題など今の東大の置かれている現状を引き起こしたと思われる。日比谷は持ち直しているけど、もう活気に満ち溢れたあの時代は戻って来ないのだろうか。
また原因を単線化しているね。
学校群制度が都立トップ校を弱体化させた側面は確かにあった。
ただ、それだけで現在の東大の男女比や構造変化まで全部説明しようとすると無理がある。
実際には、その後の中高一貫化、私立優位、大学受験産業の高度化、親世代の教育投資競争、首都圏人口集中まで全部絡んでいる。
しかも面白いのは、多くの人が未だに「昔の日比谷」を、高度成長期の成功体験込みで神話化していること。
でも当時と今では、
産業構造も、
受験競争も、
家庭の教育戦略も、
東大そのものの役割も違う。
だから単純に「昔へ戻れば解決する」という話ではない。
あと、活気って結局、その時代が伸びている感覚とセットなんですよね。
今の日本は、教育だけではなく、
社会全体が「縮小の中でどう配分するか」の空気へ入っている。
だから昭和型の、
上へ上へ伸びていく熱量を懐かしむ人が増える。
ただ、それをノスタルジーだけで語り始めると、
いつの間にか議論が「夕焼けの思い出話」になる。
そこは分けて見た方がいい。
難関大に合格者を出す高校は優秀な生徒が多いとは思うのだが、大学受験特化の教育が行き過ぎてしまいアメリカのような新しい技術を生み出す能力が育たず、その結果日本の先端技術開発力が失われたのではと思わなくもない。
最近では、東大京大の入試問題をAIに解かせたら苦手な問題はあるものの合格点を超える結果をたたき出すと報道されてたな。
受験ビジネス化を加速させること以上の意味が難関大の合格率ランキングにあるのだろうか?
そこも因果関係がかなり飛んでいるな。
まず「難関大合格者が多い高校=技術開発力が弱い」という対応は成立していない。大学入試はあくまで選抜試験であって、その後の研究開発力やイノベーション能力とは別変数だ。実際、日本の研究開発は企業主導の比重が大きく、高校段階の学力分布だけで説明できる構造ではない。
次にAIの話も、入試問題で一定点を取れることと、未知領域で仮説を立てて検証する能力は別軸だ。前者は既存構造への適応、後者は構造そのものの更新で、ここを同一視すると議論が崩れる。
さらに「受験ビジネス化」と「合格率ランキングの意味」も混線している。ランキングは本来、教育の成果指標の一つであって、それ単体で社会の技術力低下を説明する指標ではない。
要するに、いくつかの現象を「一つの原因」に束ねすぎているのが問題だな。






























