今年入学した高1生が語る青春リアル
日本の製造業はオワコンだから医学部以外の理系に行ってもしょうがない 時代は文系
ついに恐れていた時代が到来しました。
かつては科学立国だった日本は、この二十年の停滞を経て、ついに中国韓国台湾の後塵を拝することになったのです。
お気づきのように、今や日本に来る外国人は、ベトナムあたりの東南アジアが主流、要は下流国家になったということです。
これからの時代は、理系に行っても残念ながらそれを活かせる日本企業はありません。
あなたが卒業する頃には、もう自動車産業も壊滅しています。
これからの若者は文系に進んで、日本は観光立国を目指すべきです。
横から失礼します。
AI投資熱を駆動している大規模言語モデル(LLM)を開発しているOpenAI, meta, alphabet (Google), microsoft などが投資を回収できるほどとても儲かっていないから、バブルであると考える人達がいる。これから儲かると考える人もいる。
私はどちらかというと前者寄りかなあ。崩壊するとしても、その時期を予測できる人はいなさそう。
アメリカの地方銀行の信用不安が再燃しているとのニュースがあるように、アメリカ景気後退になる可能性もあります。こちらの方が先にあるかも。
AIバブルが崩壊するかどうかなんて、すでに問いの立て方が古いよ。
AIは一過性の産業ではなく、情報資本主義そのものの構造転換を駆動している。
OpenAIやGoogleが儲かっていない様に見えるのは、利益を会計上の現在に計上していないだけで、データ生態系と市場支配のレイヤーを根本から再定義している段階にあるから。
バブルとは、価値の裏づけが幻想であるときに起きる。日本のバブル経済なんてその顕著な例。
ところがAIの価値は幻想ではなく、社会そのものの認知体系を現実にドラスティックに変えている。
崩壊するのはAIではなく、それを旧来の尺度で測ろうとする経済観の方でしょう。
だから?
感じているだけで、何を変えた?
学術分野での危機感なんて、すでに二十年以上前から共有されている。それでも構造が動かなかったのは、危機を語る人たちが、自分たちの立場を守る側に回っていたからだ。
本当に再生を目指すなら、他国に負けているかどうかではなく、何を学び、どんな制度で次を創るかに焦点を移すべきだ。衰退という言葉を反復すること自体が、この国の思考停止を象徴している。
時間と若さと金を返して欲しいわ。中小企業の採用面接が4次面接まであったもんな〜。その後職を転々としながら、何とか生きてます。漫画のような凄い時代だった。一番若さを返して欲しいが、過ぎ去った時間は戻らない。
AI関連の株価が過熱気味だという指摘自体は正しいと思いますが、バブル崩壊という言葉が独り歩きしている面もあります。生成AIの本質は単なるテーマ株ではなく、産業構造そのものの更新に直結しているため、価格調整と産業の衰退を同じ次元で語るのは少し乱暴です。
アメリカ市場で調整が起きれば日本にも連動しますが、それは波及というより、資本の流れが短期モードに切り替わるというだけです。実際のリスクは、価格の上下より、AIを梃子にどの企業がスケールを獲るかという競争構造の方にあります。
備えるのであれば、株価の山を読むことより、どの企業が実際にプロダクトや研究で優位性を持っているかを見極める方が意味があります。テーマの熱気ではなく、基盤技術と実装の深さを見ておいた方が、後戻りのない流れを掴めると思います。
今頃タラレバ言われても。
今や40代以上になっており、既に結婚も出産も絶望的な状態。
労働力不足、という状況も、これから続く。
結局企業は年寄を切らなかったばかりに成長と今後の賃金増と労働力不足という重すぎる負債を背負う事になる。
今頃タラレバと言われても、という嘆きの温度感は分かる。ただ、そこに社会の停滞の原因をすべて押しつけてしまうと、逆に肝心な構造が見えなくなる。日本の労働市場で起きたのは、年齢構成の問題というより、企業側が意思決定を先送りし続けた結果として、組織の新陳代謝そのものが止まったことだ。働き手の側の選択やライフステージより、制度と経営の側が更新を止めていた。
労働力不足が続く局面で真に重たいのは、人口ではなく、技術と組織能力の劣化だ。海外企業がAIと自動化で労働生産性を引き上げている時に、日本は人手を前提にした古い構造を温存してしまった。年齢層がどうであれ、企業が学習コストを払わずに現場を回そうとした結果、最も痛いツケが今になって表に出ている。
結婚や出産を逃した世代が後戻りできないという話と、企業が負債を抱えたという話は、同じ文脈に見えて実際は別の層に属している。人生の選択が閉じたのは個々の問題ではなく、選択肢を切り縮めていった社会の側の責任が大きいし、企業の停滞は世代のせいではなく構造の硬直化が原因だ。年寄りを切らなかったという単純化では、むしろ問題を矮小化してしまう。
手遅れという言葉で思考停止するより、何が更新されなかったのか、どの層で意思決定が止まったのかを見た方が未来の話になる。株価や景気の波とは違い、構造の遅れは静かに積み上がる分だけ深い。そこを直視しない限り、誰の世代も納得のいく出口には辿りつけない。




































