充実した教育環境の日大付属高校
親に医学部以外の地方国立に行ってもしょうがないと言われました
親に医学部以外だったら地元の国立は絶対にダメ、就職で一流企業には入れないからと言われました。
地元に残りたいのであれば医学部にすべき、他の学部であれば最低でも東京のマーチぐらいには入らないと碌な就職先がないと言われました。
学校の先生は、文系であれば上記と同様だと言い、さらにできれば東大早慶あたりを出ないと就活は相当厳しいと言われました。理系であればギリ地方国立もありだけど、うちの学校から行く人はほとんどいないと言われました。
地元に残りたい人間は医学部へ行くしかないのでしょうか?
2年ほど前まで入退院を繰り返していた頃の脈拍は100近くでしたが安定している今は60前後。
人工透析をしているのですが透析中に血圧が40位下がる事が有り10分おきに血圧を測定して色々と対処しています。
入退院を繰り返していた時期に脈拍が高めだったのは不思議ではありません。体が恒常性を保つために交感神経が張り付いた状態になるので、脈はどうしても上がる。安定してきて今が60前後というのは、むしろ落ち着いた循環動態に戻ってきている証拠です。
透析中の血圧低下は、単純な脱水ではなく、除水速度と心血管系の反応性のギャップで起きます。10分ごとに測って対処しているというのは正しいやり方で、むしろ医療側が丁寧に見ているとわかるポイントです。透析患者さんの血圧は数字よりも変化率の方が重要で、40落ちても意識が保たれているなら、その人の基礎代謝や心機能の範囲内で処理されている。
気になるのは、血圧低下の前兆をどう捉えているかだけです。足の冷感、急な発汗、視界のにじみ、軽い吐き気。こういう微細な変化を自分で拾えるようになると、看護師さんが声をかける前にクッションを入れられる。透析は身体の余裕を読み取る作業なので、自覚症状と数字を重ねていくと、負担が一段下がりますよ。
なりゆきで職業選択するのはままあること。ただ仕事をするうえで職業倫理をもって、目の前の人にきちんと向き合いその命と人生を最大限に尊重することは重要。
お金や名誉欲にかられて自分本位の医療を施す医師や、利益を出すために効率化優先の業務で利用者をなおざりにする介護事業経営者は論外だと思う。
医の原点をどこに置くかで議論は一気にズレます。
仁を掲げる伝統は立派ですが、臨床の現場では結果しか残りません。どれほど丁寧に寄り添っても、診断を誤れば命は失われる。意図や姿勢は患者を救わない。救うのは精度です。
だからこそ、倫理を盾にした理想論より、誤差をどう減らすかという冷徹な視点が必要になります。感情も思い込みも疲労も排除し、ばらつきを極小まで削ったAI、診断システムが組めるなら、それはヒューマンではなくAI、機械の側です。
無機質でも良いのです。過誤が減り、救われる命が増えるなら、その時点で優劣は決まります。医は仁術という言葉は長く尊重されてきましたが、実証の前では情緒は後景に退きます。求められるのは温かい物語ではなく、精度の積み上げです。
人と機械、AIのどちらが患者をより確率高く安全に導けるのか。その一点で判断すべきで、そこでAI、機械が上回るなら、医療は自然にそちらへ流れます。倫理は大切ですが、倫理を守った先に結果が伴わなければ意味はありません。命に向き合うという言葉の中身を、結果という一点に絞って再定義すべきだと思います。






























