今年入学した高1生が語る青春リアル
国立大学病院の大赤字は国立大学の学費の値上げで対応すべきではないですか?
早苗さんが総理大臣となり、減税や賃上げが期待されている昨今、国立大学の問題で経済の足が引っ張られるべきではありません。
私大であれば大学が赤字になれば、どこも学費値上げで対応しています。当たり前の話です。
国立大学の学費を150万に上げれば、それだけで4000億円の財源ができます。
それを原資に、大学病院の赤字補填と医療従事者の待遇改善をすればいいと思います。
個人病院勤務の病棟看護師です。スタッフの賃金上昇などで国公立大学病院や公立病院の赤字が大きく取り沙汰されていますが、私の給料は昨年からベースアップ評価料という手当が数千円だけ支給されているだけで税金も上がっているため全くといっていいほど上がっていません。給料も月5回程度夜勤をして手取りで22~3万で仕事は毎日極めて忙しく、本当に割にあっていないと思っています。物価高で本当に困っています。
>母が老人ホームに入所しており訪問診療を受けています。
>血圧等は見てもらえますが、採血等は一度も行なった事がなく、何か異常があっても対応が非常に遅いです。内科医ですが専門以外の場合は他の診療科を受診するように勧められますが、情報の提供などがなく、病院へ勝手に連れて行って受診させて下さい。的な対応です。
病院にくっついていない老人ホームではありがちかもしれないです。採血ぐらいはと思うかもしれませんが、治療につなげる必要のある場合は訪問医療での採血は間に合わないかもしれないですし、できることも限られているでしょうから。
この問題を怠慢と見るのは簡単。だがしかし、実際には制度設計の欠陥が透けて見える。
訪問診療は病院医療の延長ではなく、慢性期・終末期を前提とした仕組み。そこで提供されるのは延命よりも生活の維持で、採血ひとつ取ってもそれが即治療につながらない場合は、医師が実施を躊躇うのも当然だ。
問題は、そうした医療の目的や限界を、本人や家族に十分説明し共有できる制度になっていないこと。訪問医療を「簡易な病院の代替」と誤解したまま利用すれば、双方に不満だけが残る。
高齢化社会で必要なのは、絶対的な平等ではなく、状況に応じた相対的平等。全ての人に同じ医療を提供するのではなく、人生の段階ごとに何を守るかを社会として選び取ること。その合意がないまま医療だけが義務を背負わされている。
だからこそ、制度を支えるのは医師ではなく社会の意思であるべき。
「キュアよりケア」。厚生労働省が公表した保健医療2035提言のなかの文言です。
要するに、訪問診療や介護を受けるようになった高齢者はキュア(治癒)を目指すような診療をしない方向にしよう、とやんわり厚労省はもっていこうとしているのです。
現場の医療者が、ではありませんので念のため。
厚労省のその方針は、現場を冷ややかに観察して書かれたものというより、制度疲労の末に出てきた予算管理上の言葉ですね。
「キュアよりケア」という理念自体は聞こえは柔らかいですが、実際には治さないことを前提にした医療体制への移行を正当化するスローガンにもなっている。
現場の医師がそれを本気で採用すれば、医療は単なる延命サービスになり下がる。
治さない医療が社会にどんな倫理的・経済的影響を及ぼすかという点を、行政側はまだ十分に議論していない故の浅薄な意見だろうね。
医療業界では、医師確保に人件費が多く費やされる一方、医師の待遇は十分とは言えません。
救急対応が必要な病院では救急当直後も連続勤務が通例で、30時間を超える勤務も少なくありません。
仮眠時間はあるものの休養が十分とは限らず、精神的、肉体的負担が大きいです。対策に積極的な病院もありますが、勤務体制改善の実施は各病院の裁量によるのが現状です。医師たちは過酷な環境を避けて個人病院を開業し、診療報酬外の美容医療などに流れる傾向が強くなっています。これに対する政府の対策は診療報酬による締め付けです。そして2027年以降には個人病院の開業条件として、初期研修2年+病院での保険医従事経験3年を前提とする要件を設ける予定です。
政府は抜本的な対策をせずに、医師の逃げ場を無くす対策ばかりを講じています。
この方針は今後も変わらないでしょう。もう日本の医療は医療従事者の使命感というか細い糸に頼るしかないのでしょうね。
使命感に依存して成立している時点で、すでに制度としては壊れている。
医師の逃げ場を塞ぐ発想は、エネルギーを外に逃がさず圧力を高めるだけ。
結果として、制度疲労は臨界に達する。だからこそ、待遇ではなく構造の再設計を。診療報酬を微調整して延命する段階はとうに過ぎた。




































