今年入学した高1生が語る青春リアル
ノーベル賞2025
ノーベル生理学・医学賞に大阪大学の坂口志文特任教授。おめでとうございます‼︎
経歴はネット情報によると、長浜市立びわ中学校→滋賀県立長浜北高校→一浪後、京大医学部
またしても西日本出身、またしても京大出身、またしても公立高校出身、ですね。
周囲に都会的な誘惑がなく、親の経済力がそこそこあって長い学生生活を送ることができるという土台があると良いのかもしれない。または貧しくとも熱意と執念のある人か。
ただ、狙ってそうしても親の期待どおりには行かず、結果としてそのような生い立ちだったというだけ。
オール私立で育つような人は生来からの価値観でより社会的地位や収入の高い職業の方へ向かってしまう。
医師であれば研究職よりも親の医院を継いだり稼ぎの良い分野での開業を目指す。そんな傾向があるのかもね。
だからと言ってそれが悪いことではなく、自由に選択した結果であり、ノーベル賞とは無縁でも他人からとやかく言われることではない。
藤原正彦先生(数学者)の著書「国家の品格」にも同様のことが書かれてましたね。
美の存在しない土地に天才は(特に数学の天才は)生まれない、良い科学者・天才を育てる土壌として田舎(自然や伝統的な環境)や幼少期に美に触れる経験(寺院・建築・音楽・情緒的な環境など)の重要性を強調されていました。
>またしても西日本出身、またしても京大出身、またしても公立高校出身、ですね。
一番若い受賞者で今60歳代半ば、たいてい70~80代のおじいちゃんたちだろ?つまり60~70年前の中高生なわけで、ノーベル賞をネタに語る教育事情はその頃の話だよな。
そりゃその頃は中学受験や有名一貫校より地元の公立校だろうよ。地方の人口減と都会集中もその後の話。
たとえば1990年以降日本も国際数学オリンピックに参加していて、今まで金メダルを取ったのが40人。Wikiによると高校別内訳が以下の通り。(人数書いてないのは1人)
(東京)筑波大学附属駒場11人、開成 5人、私武蔵、早稲田実業、早稲田、筑波大学附属、都武蔵
(神奈川)フェリス女学院、栄光学園
(長野)松本深志
(愛知)東海、海陽中等
(三重)高田
(京都)洛星
(兵庫)灘 9人
(福岡)久留米大学附設
(鹿児島)ラ・サール
(英国)Millfield School
海外の1人を除いた39人のうち首都圏VS地方が23VS16人。愛知を東に入れるかどうかで東VS西が24VS15人か26VS13人。
高校募集のある学校もあるけど、ほぼ中受主体の都会の一貫校。
こういうのが20~30年後ノーベル賞受賞者とかに反映されるかもしれないんだぜ?(まだ日本人受賞者がいるなら)
2050年頃になってもまだ「理系は地方特に西日本だ、天才は田舎だ、有名一貫校は効率第一だ」なんて言ってられるだろうか?
ただ、「昔は中学受験が少なかった」ことと、「公立出身に優秀層が多い」ことは別問題です。
重要なのは、“どんな環境が創造的思考を育てたか”。中学受験の有無よりも、詰め込みや偏差値競争に早くから巻き込まれなかったことの方が大きい。
数オリとノーベル賞の素養は、まったくの別物です。
数オリで求められるのは、既存ルール内での高速思考と論理処理能力。
一方、ノーベル賞は「ルールそのものを疑い、壊す」発想の領域。つまり、前者は“答えを早く出す人”、後者は“問いを変える人”。
中学受験や数オリで鍛えられるのは、制度内での最適化スキルであって、未知を切り拓く創造的思考ではない。両者を同列に語るのは、ゴールの方向を見誤っている。




































