今年入学した高1生が語る青春リアル
ノーベル賞2025
ノーベル生理学・医学賞に大阪大学の坂口志文特任教授。おめでとうございます‼︎
経歴はネット情報によると、長浜市立びわ中学校→滋賀県立長浜北高校→一浪後、京大医学部
またしても西日本出身、またしても京大出身、またしても公立高校出身、ですね。
「エビデンスがない」と言いながら、自分の主張こそ何の根拠もない。
西日本遺伝のエビデンスが最も強いと言うなら、どの論文か具体的に示してみなさい。
そもそも「エビデンスが最も強い」って言い回し自体が、科学的にはおかしい。
エビデンス(evidence)は有無の問題であって、筋トレのベンチプレスみたいに「強い」「弱い」で測るものじゃない。あるのは「質(quality)」と「妥当性(validity)」の違いであって、文献の階層や統計的信頼区間の話。
「強いエビデンス」などという言葉を使っている時点で、科学的思考ではなく、単に「自分の信じたい話を後押しするデータを選んでいる」だけ。
それ、科学じゃなくて願望の統計化だよ。
加えて、Becker & Rindermann(2016)あたりを指してるなら、あれは「遺伝的距離と経済指標の相関」を統計的に示しただけで、知能や創造性を遺伝で説明した研究ではない。本文でも「教育水準や制度的要因が媒介している」と明記されており、後続研究では統制後に関連がほぼ消えることまで示されている。
つまり、西日本遺伝が優秀なんてエビデンスは存在しない。あるのは、教育・制度・文化資本の地域差だけ。
そもそも「エビデンスがない」と言いたいだけなら、日本語で言えば「根拠がない」で済む話だ。
あなたが信じているのは科学ではなく、横文字を免罪符にした思考停止の自己正当化だよ。
受賞者が年寄りばかりという見方もできますが、少なくとも国内で行われる生命系、化学系の研究を支えているのは、若いポスドクや院生です。医学部なら30歳代の若手医師も支えている。特に「ピペド」と揶揄される生命系では、その傾向は強い。
他に高所得の職が多く、住宅コストが高く、通勤時間が長い首都圏で、給料が安いポスドクや院生を続けていくのは大変でしょう。
生命系に関しては少し知っている立場なのですが、職を得るような年齢になってから、(私立大学に職を得るとかで)首都圏に移る人は結構います。東大でさえ関西で出会った私の知人の中で二人いる。首都圏には生命系の若い研究者が少ないのかも。
一方、もっと個人プレーな数学系に関しては、京大の数理解析研に東大から就職する人が結構いるようです。新聞記事などで見かける。物理系はよく知らない。
遺伝と判明することとは絶望の太鼓判を押されてしまう人が出てくるってことですから。わかっていても発表できることと出来ないことがあると思います。
ノーベル文学賞、村上春樹さん取れませんでした、私立大学卒(早稲田大)初のノーベル賞を期待されていましたが彼も西日本の遺伝子(京都府京都市生まれ 兵庫県立神戸高校)保有者なんだよなぁ。
「遺伝で才能が決まることに疑念を持つ研究者はいない」って、どこ世界線の話?
遺伝の寄与があることは誰も否定してないが、問題は「どの程度」「どう環境と相互作用するか」**。そこが科学の中心論点なんだよ。
知能や創造性はpolygenic(多遺伝子性)で、数千以上の変異が微小効果で関与する。しかもその発現は教育・栄養・家庭環境・文化刺激と相互作用する。
だから研究者たちは「才能=遺伝で決まる」とは言わない。むしろ「遺伝が表れる条件をつくるのは環境」と繰り返し指摘している。
Becker、Plomin、Ritchie、いずれの代表的研究者もdeterministic(決定論的)な見方を明確に否定してる。
遺伝は基礎、環境が演出。決めるのは才能ではなく、環境がそれをどう引き出すか。
つまり。
君の言う「疑念を持つ研究者はいない」という発言は、科学的合意の真逆。
それを常識みたいに書くのは、科学じゃなくて科学っぽい雑談だよ。
そんな小難しい話をしなくとも、プロ野球で見ても、親子共に超一流なんて選手いる?
陸上の室伏親子はレアケースだけど、どちらかと言えば、違う人種の混血による効果だと思う。
現実見ましょう。
おお。
打って変わって、かなり的確な指摘ですね。
実際、首都圏では研究職が生活として成立しにくい。給与が低いまま家賃と通勤時間が重くのしかかる。だからポスドクや院生は地方の国立、特に研究拠点型のキャンパスに集まりやすい。
文科省や科研費のデータを見ても、博士課程進学率は東京圏より京阪神・九州の方が相対的に高い。理由は単純で、「生活できるから」。
しかも生命系は人手が要るから、ポスドク層の厚みが研究力そのものに直結する。つまり東京不毛説は環境的に合理的なんですよ。
東大・理研・医科研がいくら装置を整えても、若手が暮らせない都市構造のままでは科学の土壌が枯れる。
だから今後は「研究都市としての首都圏」をどう再設計するかが、本質的な論点になると思います。




































