今年入学した高1生が語る青春リアル
「文系分野で就職に有利」だと思う日本の大学ランキング! 2位は「慶應義塾大学」、1位は?
「文系分野で就職に有利」だと思う日本の大学ランキング! 2位は「慶應義塾大学」、1位は?
1東京大学 163
2慶應義塾大学 104
3早稲田大学 87
4一橋大学 75
5京都大学 72
6東京外国語大学 58
7上智大学 39
8大阪大学 34
大卒の価値は下がっている。
院卒は理系を除き最初から社会的に評価されない。
価値を下げて誰が得なの?
知恵を売り物にしたところでアイデアに金を払う国でもない。
安くてよく働く代替可能労働力を求めて買い叩いているだけ。
外国人労働力を入れて価値を下げ、下げたところで外国人が来ない雰囲気を作り高齢者を安値で働かせて賄おうとしてるだけやん。
> 確かに日本の教育は、答えのある問題に対する評価で、その優秀な集団が世界で戦えていないようだ。
中等教育の到達点は独力で問題解決できることだから、大学入試までは答えのある問題に回答できれば支障はない。改革が必要なのは高等教育の方で、学生か勉強せずあんなに遊んでいるようでは、課題解決の能力が身に付くはずがない。私立文系をどうにかしなければこの国は詰む。
議論の射程が浅すぎる。価値があるかないかを紙切れで測る段階にいる限り、社会の設計思想は一歩も進まないよ。
学歴は資格ではなく、知をどう社会化するかという仕組みそのものの問題。
アメリカで学歴を面接で問えないのは、知の格付けを禁止するためではない。表層的には差別回避だが、実は知を測る方法を制度として外に移すこと。
個人の履歴ではなく、組織が人をどう育て、どう配置するかという構造の方に焦点を移した。その再分配の思想を欠いたまま「価値が下がった」と言っても、土台が違う。
知の価値は市場にあるのではなく、構造にある。
知を値札で見ている限り、日本の議論は永遠に労働市場の周辺を回り続ける。
問うべきはどんな学びを共有財に転換できるかであって、卒業証書でも賃金でもない。
日本の学歴は18歳までの生活の結果だからな、同世代間の比較目安にはなっても価値なんかそもそもないやろ。総合力と入学難易度では東大が圧倒的なんだから「学歴」としては東大か(せいぜい西日本出身の京大)それ以外、で終わりだし下々の序列なんかどんぐりの背比べでどーでもいい。
大事なのはモノサシは無数にあるってことをちゃんと教育できるかどうかじゃねえのかな、勉強(理解力や思考力)はあくまでスキルの一つであって運動神経や美術センスなんかと同列だからな。テキトーに遊んでても地頭良けりゃ勝手に東大来るわけでそんなの偉くもなんともないし別に価値もないもの。
とはいえ「世界が認めた」とかどうでもいい枕詞つけて記事にするあたり今後も無駄な序列付けや権威付けが好きな日本は変わらんやろね
序列という言葉を使った時点で、社会の思考は止まっています。比較の軸を持つこと自体は悪くありません。しかし、その軸が誰が上かを測るためだけに使われ始めた時、知は秩序の装飾品に変わります。
東大が圧倒的という言葉に多くの人は安心を見出しますが、その安心は構造を考える力を手放した代償でもあります。知の価値とは格付けではなく、再構築の力です。どの地点からでも社会の仕組みを更新できることこそ、知の本来の機能です。
アメリカが履歴主義を外したのは平等のためではありません。知の評価を個人の紙切れから社会のプロセスへ移したからです。育成、配置、循環。知は流通して初めて価値になります。そこを断ち切ったまま序列を論じても、空回りするだけです。
学びとは、誰が上かを決める競争ではありません。どんな知をどのように共有財へ転換できるかという設計の問題です。知を市場に閉じ込めている限り、この国の議論は永遠に労働市場の周縁を回り続けます。
企業の採用側が一番遅れてると思います。新卒は学歴採用ですよ。大学も以前からある程度は進路を考えて、進学しています。今は簡単に入学出来てしまうAOや指定校のレベルが低い大学も沢山あるので。
また、大学受験は以前ほどではないが、小中高校はまだまだ世の中は受験戦争。塾での勉強に必死です。
大学学部でも院でも卒業すれば、企業ならどこかしら入社できると思います。
大手企業、その次にグループ、関連企業、その次に下請けや中小企業の順で、たしかに大学学部の難易度順で決まっていく要素も強いと思います。
そこから先は、技術職、営業職、スタッフとして、まずは何年間で実績出せるか、社内外の人とうまくディール出来るか、リーダーシップ発揮してチームや組織まとめられるかでしょう。
企業の大小もありますが、実績出せば普通は処遇もよくなるし、別の企業からのお呼びもかかる。
大手企業でも埋もれていく人、下半分の人、給料上がらない人もいます。
お二人の指摘は正しいと思います。採用現場の遅れ、そして大学ごとの入試形態のバラつき。どちらも現状をよく映しています。
ただ本質は、大学や企業が選抜を続ける一方で、育成や再配置の設計を怠ってきたことにあります。序列は本来、動的であるべきです。社会の変化に応じて能力の流動が起きる仕組みがない限り、序列はただの固定化です。
欧州では大学卒業後も職業訓練や学び直しのルートが制度として接続され、企業もそこでの履修や成果を評価します。日本では依然として入学と入社のタイミングだけが評価のピークです。その後の更新が見えない。
学歴が悪いのではありません。学歴を超えて知を循環させる構造が欠けているのです。どの大学を出ても、どの企業に入っても、能力が再評価され、再配置される社会。そこに移行できなければ、学歴も実績も、ただのスタンプカードで終わります。
序列の問題とは、結局流通の欠如の問題です。知が動かない社会では、人も動けません。




































