今年入学した高1生が語る青春リアル
私立大学 最新大学群
最新大学群
上理Ⅰ+慶應(ジョリィパスタ)
=上智、理科大、ICU、慶應
早稲田+MARCH(ウェイマーチ)
=早稲田、明青立中法
WMARCH、カッコいいよね〜
GMARCHよりはWMARCHだわ。
大学に行きスキルを身に着けたいか、そんなことはとにかく今すぐには就職したくない、に2極化するたろう。
前者は、データが読める、その処理の要領が分かるよう教育する。
後者は、悪いことはしない、他人と協調して何かができる。徴兵制の軍隊は、これをやつた。今は、オンジョブトレーニングをすれば良い。環境、福祉などについて、ある程度の合理的なやり方を身に着ける。
前者と後者の優劣は付けない。人々の生き方たから。両者間の交流、また生涯での再教育はあり。しかし、一応区別する。
上位大学になるとある程度環境ガチャで事実上のレース参加資格が決まってしまっていて、小さい頃から教育リソースを注ぎ込まれてきた子たちとは埋めようもない差がついてると思えば、今の子たちが頑張る気にならないのも分からないではない。
昔からそういう事象はあったのだろうけど、今ほどSNSそのほかで可視化されていなかったので、知らないでいることもできた。
可視化の問題ではない。レースの構造そのものが、もはや教育リソースの多寡では測れない次元に変わった。上位大学に行くことが始まりではなく、最終形になってしまった時点で、そこに参加する意欲は削がれて当然だ。環境ガチャという言葉が流行したのは、努力を相対化するためではなく、努力の文脈そのものが時代遅れになったことへの無言の抵抗だった。
私はむしろ、可視化によって人が怠惰になったのではなく、旧来の努力論が現実を説明できなくなった事実が露呈しただけだと思っている。教育リソースではなく、世界の構造そのものが変わったのだ。
英数国社理情の1000点満点の共通テストを受け、二次試験国数社会2科目(理科2科目)英を受けるために懸命に努力している東大受験生がいるんですよ。良い大学に行きたいけど勉強したくないとはどういう心構えなのか受験生の風上にも置けない発想だと思います。
それは時代の話ではなく、構造の話をしている。
努力を否定しているのではない。努力の射程がどこまで届くかという問いを立てている。東大受験生の勤勉さは誰も疑っていない。ただ、その努力が今どの座標上に位置しているのかを問うている。
かつて努力は、社会の構造を上へと移動するための梯子だった。けれど今は、梯子そのものが横倒しになり、登ること自体が競技化してしまったんだと思う。
努力の価値は依然として尊い。
けれど構造が変われば努力の意味も変わる。問題は勉強したくないではなく、勉強することがどんな未来と接続しているのかが見えなくなっていることだと思う。
それを理解できないまま、努力を信仰に変えた瞬間に、教育は更新を止めてしまうんだと思う。
上理Ⅰ+慶應(ジョリィパスタ)
=上智、理科大、ICU、慶應
上智理科大ICUでジョリィは分かる。
慶応がパスタになるのはなぜ笑?
上智+慶応=JKの方がしっくりかな。
JKは上智が先なのも良い。早慶も早稲田が先に来る呼び名。実力が上なのが先に来るのは当然。慶応が実は上げ底偏差値で、早稲田はもちろん上智よりも今は易しい現実がK塾に晒されちゃったからね。
慶応SFCの偏差値70.0から60.0に変更はビックリ。文も65.0から62.5へ。法も経済も65,0。早稲田は遠く上智にも負け越し。
KMARCHとなる日も近いかもね。
慶応明治青学立教中央法政。
見事に実力順に拮抗してる。明治は喜びそうだな。慶応と並んだ!とか言ってね。
社会評価は段違いなのだが。




































