今年入学した高1生が語る青春リアル
私立大学 最新大学群
最新大学群
上理Ⅰ+慶應(ジョリィパスタ)
=上智、理科大、ICU、慶應
早稲田+MARCH(ウェイマーチ)
=早稲田、明青立中法
WMARCH、カッコいいよね〜
GMARCHよりはWMARCHだわ。
大学には進学したい、でも勉強はしたくないという層がそのまま社会に出てくるわけだから、採用する企業も大変だと思います。
今後は学力や自主性のあるできる層と、全てにおいて、自律性や自発性、自主性の全くない役立たずに社会が二極化すると思われ、社会から落ちこぼれた層が「自民党が悪い」「親や教師が悪い」「世間が悪い」だから生活保護よこせと平気で言いそうな気がします。
なぜ慶応がパスタなのか。
考察
・イタリアンな雰囲気だから
・美味しいから
・ジョリィだけじゃ寂しいから
・偏差値が下がりマーチ並みになったから
誰でもワンチャンあるんじゃね?と思えるようになったから
→ジョリパスも気軽に入れる
私の高校進学時は「高校には行きたい。でも勉強したくない」中学生が多数の時代で問題視する声もあった。40年ほど前の高校進学率は90%強の時代。9割というと大多数のようだが各クラス2~4人は高校に進学しない・できない人も存在した時代。
いつしか勉強しようがしまいが高校進学は当たり前の時代に。そして今やかつてと同じような問題が大学進学時に移行したわけか。
勉強したくない層が増えたというより、学ぶことの意味が社会と切り離されてしまったのだと思う。
昔は、学ぶことが生活を変える力を持っていた。今は、どれだけ学んでも構造が動かないという現実が、静かに若者の心を冷やしている。
かつて高校進学が未来への切符だったように、大学進学もまた希望の延長線上にあった。だが今は、進学が将来の保証ではなく不安の先延ばしになっている。
学びが自律性を生むのではなく、制度の枠内で自己防衛する手段になってしまった。
二極化の根は能力ではなく、構造の信頼度にある。努力が報われると信じられる社会では人は自律的になる。
努力が報われないと悟った社会では、人は受動的になる。
問題は個人の怠慢ではなく、信頼を失った構造そのものにあるのだと思う。
欧米の大学のように、卒業するのが大変な大学ばかりになれば、それなりに目的意識を持って学ぼうとする人達しか集まらなくなるんじゃないかな?
上位大を除いて、目的もなく、とりあえずここら辺の名前の大学に入って、とりあえず留年しないように卒業できれば大卒だし…みたいな子達も多いと思うし、入学できたらオッケーみたいなのは本当に大学生になる意味がないと思う。
入学してそこから何を学ぶかが重要なわけで。
うーん。
残念ながら。
そう単純ではありません。
確かに欧米のように卒業を厳しくすれば、学生の目的意識はある程度引き締まるでしょう。けれど、大学の学びを本当に変えるのは出口ではなく構造。コレ、私エデュで散々言っているんですけどね。
今の日本の大学は、入試で選抜し、あとは就活までの通過点として運用されてしまっている。
学生のモチベーションが薄いのは、本人の怠慢ではなく、大学が何を学ぶか?、どう成長するか?という設計思想を全く提示できていないから。
評価も授業も教員も、学ぶ意味を支える制度になっていない。
欧米の大学が厳しいのは、単に単位取得が難しいからではなく、知の共同体として機能しているから。
学生が自分の研究や社会課題に対して能動的に関われる仕組みがある。そこを模倣せずに卒業のハードルだけ上げても、ただのふるい落としにしかならない。
大学の本質は、入口の難易度でも出口の厳しさでもなく、学びの中でどれだけ思考が変わるかに尽きる。
その部分を再設計できなければ、制度をいくらイジっても本質的な改革にはならないです。




































