今年入学した高1生が語る青春リアル
韓国2040年、大学修学能力試験(修能) 廃止へ 画一的で日本の共通テストも廃止すべき??
日本の大学入学共通テストにあたる全国統一の大学入学試験である修能
修能は受験生を成績で序列化する仕組みのため、過度な競争と私教育依存を助長しているとの見方も根強い
教育界では現行制度の限界は明白」として制度改革を支持する声が多いようです
個々の多様な思考力や記述力を測りにくく、点数や偏差値に偏重しがちで、結果として全員が同じような対策『画一的な勉強』に陥りやすいという問題点があります。
日本の共通テストも同じ状況ですが日本も韓国同様に共通テストは廃止すべきでしょうか?
事実関係がかなりずれています。
まず、医療分野で求められているのは常に100点を出すAIではありません。現実の医療機器は、そもそも人間医師でも誤りが避けられない前提で設計されています。だからこそ医療AIは単独で判断を下す主体にはならず、補助診断、トリアージ、画像読影支援など、人と組み合わされる形で承認されています。規制当局もその前提で安全性評価を行っています。
医療機器の承認基準は、誤り率ゼロではなく、既存手法との比較で統計的に有意に改善しているか、リスクを上回る便益があるかです。8パーセント間違えたら何人死ぬか、という直感的な言い方は、医療機器の実務を無視しています。現実には、AI導入で見落としが減り、全体として死亡率が下がるなら導入されます。これは世界中で既に起きていることです。
次に、限定AIで十分という話と、医療分野の要請は矛盾しています。医療現場が難しいのは、入力条件が固定できない点です。患者背景、併存疾患、画像品質、測定条件は毎回揺れます。その揺れを吸収するために、むしろ基盤モデル的な汎用性が必要になります。医療AIの最前線では、限定AIを積み上げる方向ではなく、汎用モデルを医療向けに制御、検証、制限して使う流れが主流です。
自動運転やロボットも同じです。完全に用途固定のAIだけで安全性を担保する発想は古い。現実には、環境変化に耐えるための汎用性と、用途ごとの安全制約を重ねる二層構造が取られています。汎用AI一つで全部やる、という極端な前提を置くから無駄に見えるだけです。
電力や環境負荷の議論も、基盤モデルの学習と実運用を混同しています。学習は集中的に行われますが、推論コストは年々下がっています。限定AIを用途ごとに個別開発し続ける方が、長期的には非効率になるケースも多い。
結論として、医療分野は汎用AIが無意味どころか、最も慎重に、最も制度化されて使われている領域です。100点でなければ使えないという理解も、医療AIを一つで全部対応させるという批判も、どちらも現場の実態とは噛み合っていません。構造を単純化しすぎています。
韓国は有効求人倍率0.43、すでに大学4年生と既卒者の10人中の6人が就職活動を事実上放棄している状態で、これに今就業している者にまで失業が大量に出たら…
この状態で代替職務を用意するのは難しく、適応教育をしている暇も無い様に思います。
AIといえばchat GPT
そう信じる多くの面々
しかし、そればかりでなくGEMINIにCOPILOT、Perplexityと数限りなく存在する
それぞれに特色があり、同じ質問でも回答は様々、その精度や開発思想にもバラつきが
例えばGEMINIに、微妙な政治問題などを問いかければ、十分な資料を持ち合わせていないと逃げ口上の拒絶反応
それはグローバル企業を自負し販路拡大に目がくらむGoogleとしては、厄介な政治問題に口出しすればシェア獲得には理にかなわないという商業主義に偏った販売戦略が見えてくる
GPT、PERPLEXITYも情報提供に終始
ここで注目すべきはMS社のCopilot
いかなる発言にも、あらゆる情報を駆使し推論を交えながら真摯に向き合う姿勢も見て取れる
G4とG5のチップを巧みに使い分けながら、質問者のレベルに応じた回答が期待できる
時には哲学的な領域に及ぶことも~




































