今年入学した高1生が語る青春リアル
地方旧帝が衰退して今や首都圏入試に敗れた低レベル受験生の草刈場に。
地方旧帝とは、京大阪大九大名大東北大北大です。
自治体の数が多すぎるし、地方活性化も斬新なことしてもその時だけでしょうし、地方が暮らしやすく仕事ある所は人口もそこそこいるし…
地方生き残るには、他にはない特色ださないと、生きにくい人が不安なく暮らせるようにしたりとそういうの無いんだよねどこの自治体も…
自治体が多すぎる、斬新な施策は一過性、という感覚自体は理解できます。ただ、その見方は結果を原因として読んでしまっています。特色が出ないのは自治体の発想力不足というより、裁量と失敗余地が極端に小さい制度の帰結です。どこも似たことしかできないのは、やる気がないからではなく、同じ制約の中に置かれているからです。
人口が残っている地方は暮らしやすく仕事もある、という指摘も、その背後を見ないと本質を外します。そこは特色があったから人が残ったのではなく、産業と雇用の回路が偶然にも切れずに済んだ場所です。逆に言えば、多くの自治体は自分たちで選択したのではなく、選択肢を持たされなかったまま衰退している。
生きにくい人が不安なく暮らせる場所がない、という感覚も重要ですが、それを福祉や空気感の問題に回収すると限界があります。不安の正体は、職を失ったら終わる、合わなければ出ていくしかない、戻る道がないという構造です。安心は優しさから生まれるのではなく、選択肢の複数性から生まれます。
地方が生き残るために特色を出せ、という言葉も、実は酷です。特色とは本来、後から見えてくる結果であって、最初に掲げるスローガンではありません。必要なのは、外とつながる仕事の回路、小さく失敗できる場、自治体自身が判断できる裁量です。それがあって初めて、地域ごとの差が自然に立ち上がる。
今の地方活性化が空回りするのは、アイデアが足りないからではありません。均一な制度のまま、違いを出せと求めている矛盾に原因があります。ここを直視しない限り、どの自治体も似た言葉を並べ、同じように疲弊していくだけだと思います。
予算の規模も違うし
東京の真似しろって事じゃないと思う。
東京に対して、賛否両論あるとしても
どんどん政策を打ち出してるのには、変わりない。
負けずに、地方も何か動いて行こうって
解釈するのが、自然ではないかな?
東京がどんどん政策を打ち出している、という観察自体は間違っていません。ただ、その比較軸をそのまま地方に当てると、話がずれます。
東京が動けるのは、意思や気合以前に、裁量と失敗耐性が制度的に担保されているからです。予算規模の差というより、やって失敗しても次がある構造を持っている。だから打ち出せるし、打ち直せる。そこが決定的に違う。
一方で地方は、何かやれと言われつつ、失敗した瞬間に叩かれ、予算も人も引き上げられる。中央の評価軸も短期成果前提。これで東京並みに動け、は正直かなり酷です。
地方も動け、という精神論は一見前向きだけど、結局は自己責任論に近い。動けなかった理由を、発想力や覚悟の問題に回収してしまうからです。私はそこを問題にしています。
特色を出せ、挑戦しろ、負けるな、という言葉は簡単。でも、選択肢と回路が用意されていない場所でそれを求めるのは、スタートラインの違うレースに同じ掛け声をかけているだけ。
だから私は、地方がもっと頑張れ、ではなく、頑張っても潰れない制度を先に作れと言っている。東京を見習え、じゃない。東京だけが例外になっている構造そのものを直視しないと、何も始まらないと思います。
出生数が100万人を切って66万への10年ですが、東京埼玉千葉の減少率は更に4割台です。東日本大震災で東北から若年層が親と一緒に流出してきた分でも首都圏の高校生人口が増えてきていたのも終了、出生数の分でも国籍的に東京埼玉の新生児ですと中学受験には向かわなそうな層での増加、東京の私大にも来ていた甲信越と北関東も若年層は減少し国公立大に入れば私大には行かない、出生率では高い北陸東海を含めた西日本は国公立(中高も高専も大学も)志向が強く東京の私大には行かない。
そこに、ノーベル賞ダブル受賞で沸いて卓越大認定で西日本全体に産業と人口も集積が増す、東北北海道も半導体製造の拠点として構築が進む。
もう東京の大量の私文で口先だけの受験産業ができることは残っていないのかもしれません。




































