アートの才能を伸ばす女子教育
東大と日東駒専の差
どのくらい?
②女子大の話は論点が違う
投稿では
女子大の存在を抜きにして語るのは不適切
と言っています。
しかし女子枠議論のテーマは通常
特定大学の男女構成
です。
一方、女子大は
大学システム全体
の話です。
つまり
東大の男女比
vs
日本の大学制度
という 議論レベルの違いがあります。
③提案している制度はかなり非現実的
投稿では
University of Tokyo と
Ochanomizu University の単位互換
学士編入で合同試験
などを提案しています。
ただし実際には
大学の自治
定員制度
入試制度
の関係で かなり制度変更が必要です。
つまり
理屈としては可能
↓
現実制度としてはかなり難しい
というタイプの提案です。
◆まとめ
あなたが書いた
女子枠反対派 → 個人の自由
大学・文科省 → 構造是正
という整理は、政策議論の構造としてはかなり正確です。
一方この投稿は
統計
↓
女子大
↓
制度提案
と 話題が次々変わるため、
整理している「価値観の対立」には直接答えていません。
東大の問題の意図は、高校までの学習は具体的に考える訓練としての学習で、それを踏まえて大学では抽象化する学問に変わるので、その導入を踏まえた問題っていう解釈でいいかと
複雑なものを単純化するってのはあくまで解法であって、出題の意図は文理問わず科学的な思考を求めてると思う
単純化し過ぎですね。
東大の問題は抽象化への導入というより、前提の設定、仮定の整理、論理展開の妥当性まで含めた思考力を見ている。単に具体から抽象へという話ではない。
寧ろ複雑な現象をどうモデル化し、どこまで単純化してよいかを判断する力こそ核心。科学的思考とは単純化そのものではなく、単純化の妥当性を見極める力でしょう。
学力の基礎は国語なのですね。
数学の問題を解く場合、皆さんはどうしていますか。
「所与の条件が○○だから、○○は○○だよね。これに○○の定理を適用すれば○○の答えは○○になるはず。」などと考えるでしょう。
これは、言葉(国語)を使って頭の中で考えているのです。
国語力がなければ数学に限らず全ての問題を考えることができません。
前提が単純化され過ぎている。
思考をすべて言語に還元しているが、実際の認知はそんな一層構造ではない。数学で動いているのは、言語だけでなく、パターン認識、空間把握、記号操作といった非言語の処理系。頭の中で毎回文章を組み立てて解いているわけではない。熟達者ほどむしろ言語を介さずに解く。
国語が不要だと言っているのではない。
言語は前提条件の共有や説明には不可欠だし、家庭教師時代も、算数が苦手な生徒や親に、国語の重要性を説いた。
が、それは思考の「表層インターフェース」であって、エンジンそのものではない。エンジンは別にある。
結局、「国語が基礎だからすべてを支配する」という主張は、認知の多層性を無視した過剰一般化。言語で考えているように見えるのは出力段階の話であって、思考の全体ではない。そこを混同している限り、議論は浅いままだよ。































