今年入学した高1生が語る青春リアル
東大と日東駒専の差
どのくらい?
学歴で後悔するのは大学3~4年時の就活の時で、それを取り戻すのに17歳に知っておけば良かった的な内容の本だが、実際17歳では遅すぎる。普通高校に通って有名大学行こうと思っても、進学校との勉強量の差は天と地以上に差があり、1年の浪人で追いつくことができるかどうか不明である。少なくとも地方の学生は中学時代から大学行こうと思って勉強して進学校に進まないと手遅れになってしまう。何で勉強するの?とか、こんな事やっても社会人になってから役に立たないなんて言う子どもなら何言っても無駄。後悔して学び直せるならまだ救い甲斐があるでしょう。
結果が全てという実力主義の会社では、あまり学歴は関係ない。だだ実力主義とは言っても、明らかな能力の差がない限り、学歴で判断すると思う。学歴が全てとは言わないが、高学歴を得るためには、かなりの努力が必要であり、それを評価してるのだと思う。
学歴を否定する人は、学ぶことの大切さまで否定してしまう傾向もあるんですよね。そして学ぶ過程において、セルフコントロール能力や物事を理解するためのスキルやプロセスを身に着けることに考えが及ばないのです。
もちろん学歴は無くても資格を取得したり、あるいは職を全うするために不断の努力を重ねている人は問題ありません。
学歴は就職の際のパスポートの意味合いだけではなく、その学歴に達するまでの自分自身の学びのプロフィールの一端を表しているのだと思うのです。要領良く生きることと、努力をしないことはイコールではないのです。
例えば知人が旅行で新幹線に乗る時に、指定席と自由席どっちが良いかと聞かれたら、指定席と答える方が多数派と答えるだろう。
もちろん中には自由席だって早く行けば座れるし、あるいは2、3時間立ちっ放しでも大丈夫という人もいるかもしれない。
先に少しだけ手間をかけて楽に過ごすか、後でその数倍の労力が必要になるか、長時間疲弊するか、あるいは特殊な才能等でその不利を挽回するか、どちらの選択が無難か。
そして真の目的の旅先でどう有意義に過ごせるかは、結局その人次第という話。
確かに大卒の方が 学力は置いといて
人間的な懐の深さ、社会での応用力がある様に感じますね
バイトをしまくる、友人を通じて社会を知るとかの他に大学は自分で調整して履修や受講するけど、高校は時間割を決めて判断する事なくこなすだけだからかね?
社会に出て仕事をする事を椅子取りゲームに例えると学歴が高ければ「始めから質の良い椅子に座れる機会に恵まれやすい」点だと思います。
学歴が高くない場合は、早めに椅子取りゲームの上手い人や有利な人が座る椅子を社会に出てからの努力で自分で先に座るか、あとは自分で椅子を作ってそれに自分で座る選択肢になります。
戦後の混乱期でもないのだから、能力があるのに学歴の無い人がどれほどいるのか疑問。
多くの人が学力と脳機能は別など誤解しているが、高校2年くらいまでの学業成績は様々な分野における脳機能を初等学問の物差しを通して見ているのであって、努力する力や継続する力を含め、記憶力・理解力・判断力・論理考察力・言語能力などの指標なのだ。




































