アートの才能を伸ばす女子教育
文系は学問ではない、専門学校に移行すべき
大学から文系学部を追放しよう
キミらはガツガツ金儲けしたがってるが、それは六道の中では飽くことを知らない[削除しました]道に堕ちてるよな。
涅槃に近いのがmargauxの好きなニートだろ。むしろニートを目指すのが正しい道じゃないか。
その御家庭の資産の移転効果も含めて、教育には賭けの要素があります。一つの国の生産力をしばらく支える程の技術開発なども、予算配分過程を含めた、それこそ無数の方の賭けがあった筈です。先日、浅島誠先生の、ガン撲滅も展望する胚の発生研究の苦難をラジオで再放送しましたが、そこで、のるかそるかの勝負に挑んだ跡を聴くことができました。つまり肝心な所は、どうしますか貴方は、という一点です。この問いは全ての文系分野に通低していて、ここにカネを投じる意義を見出せるでしょう。
西千葉さんのこの視点は、文系不要論をほとんど根底から崩していますね。
教育は投資であると同時に賭けでもある。
この認識が抜け落ちているから、文系廃止のような短絡的な議論が出てくるのだと思います。
理系ですら、成功が保証されている研究など存在しません。
むしろ大半は失敗に終わる。
それでも社会は賭け続ける。
なぜなら、ごく稀に生まれる成果が国の生産力を支えるからです。
浅島誠先生の胚研究の話は、まさにそれを象徴していますね。
当時の段階では
実用性は不透明
成果は不確実
批判も多い
それでも資金が投じられ、研究が続けられた。
もし短期的成果だけで判断していたら、その芽は摘まれていたはずです。
そしてこれは、むしろ文系により強く当てはまる。
制度設計
経済思想
政治哲学
社会制度
これらは数値で成果を測りにくい。
しかし社会の方向性を決定づけるのは、こうした分野です。
むしろ文系こそ、最も賭けの要素が強い。
だからこそ不要と見える。
しかし歴史を見れば逆です。
ケインズ
ドラッカー
ハイエク
彼らの思想は、技術以上に社会構造を変えました。
文系不要論は、短期的成果だけを求める発想です。
しかし社会の発展は、無数の不確実な賭けの積み重ねで生まれる。
西千葉さんの
どうしますか貴方は
この問いこそが文系の核心だと思います。
技術は選択肢を広げる。
しかし方向を決めるのは人間です。
そしてその判断を扱うのが文系分野。
文系廃止論がどこか軽く聞こえるのは、この根本を見落としているからでしょうね。































