アートの才能を伸ばす女子教育
慶應義塾大学2026年3月就職先
慶應義塾大学2026年3月卒
就職先 法 経済 商
ゴールドマン・サックス証券 1 2 0
JPモルガン 4 6 1
モルガン・スタンレーMUFG証券 1 3 0
BofA証券 0 3 0
UBS証券 0 2 0
ボストン・コンサルティング・グループ 2 2 3
マッキンゼー・アンド・カンパニー 0 0 0
A.T.カーニー 1 1 0
ローランド・ベルガー 2 2 0
三菱商事 7 7 3
三井物産 8 8 3
伊藤忠商事 12 3 4
住友商事 7 8 5
丸紅 5 3 2
三井不動産 6 2 2
三菱地所 7 1 1
日本郵船 5 3 2
商船三井 3 2 3
日本銀行 3 0 2
日本政策投資銀行 5 4 5
国際協力銀行 1 1 1
そりゃあそうだ
会社に雇われていれば自分が何をしたらいいか会社が割り振りしてくれるし、仕事時間も決めてくれる。
毎月決まった給料ももらえるし、休みもくれるし、福利厚生もある
仕事は大変だろうけど、一方で守られる部分もあるよね。
でもせっかくニートになっていろいろ経験したのにちょっともったいない気がする
育児期間中に離職しても復帰が容易だし、生活に地方公務員といっても、都道府県なのか市町村なのか、政令指定都市クラスなのか人口数万人なのか、多種多様なので一概に言えないが、自分の働く自治体では、人がいなくて困っています。
今の時代は、本当にやりたい事じゃないと、仕事続けられないと思う。
どんな仕事も、お金を稼ぐのはすごく大変だから。
だから。多くの人にとって、自分に合っている仕事は何かを探す経験が必要なんだと思う。それは、色々な事を経験したり、色々な仕事に就いてみないと分からないと思う。
それ、綺麗に聞こえるけれど、実態としてはかなり危うい思想です。
まず、“本当にやりたい事じゃないと仕事は続かない”という前提が、既に現実とズレている。
世の中の大半の高所得者は、別に仕事そのものを愛してなどいない。
金融が好きだから金融をやっているわけでも、不動産が好きだから不動産をやっているわけでもない。
市場構造、需給、再現性、利益率、レバレッジ、その総合判断として最適解を選んでいるだけ。
そして実際には、その方が強い。
“好き”を起点にすると、判断が感情に引っ張られる。
すると、採算性より自己満足を優先し始める。
好きだから薄利でも耐える。
好きだから撤退できない。
好きだから客観視できない。
結果、好きだったものを生活費回収の道具に変え、自分で壊す。
加えて厄介なのは、“自分探し”を正当化している点。
色々経験しないと分からない?
その発想で転々としている間に、資本蓄積もスキル蓄積も複利も全部失う。
市場は、“迷っていた時間”に対して極めて残酷です。
20代を自己分析ゲームに使った人間と、20代から淡々と市場価値を積み上げた人間。
30代以降で凄まじい差になる。
しかも現実には、人は仕事を好きになるのではなく、“勝てるようになった仕事”を好きになることの方が遥かに多い。
成果が出る。
感謝される。
金が入る。
裁量が増える。
自由が増える。
この快感が後から仕事を面白くする。
逆なんです。
好きだから続くのではない。
勝てるから続く。
そして、稼ぐ力がない人ほど、“やりたいこと”という言葉を神格化する。
だが、資本主義は残酷で、好きかどうかには1円の価値もない。
需要があるか。
利益が出るか。
代替困難か。
そこしか見ていない。
“好きなことを仕事に”は、趣味と労働の境界を溶かすだけ。
稼ぐを一義に置けない限り、仕事にも人生にも主導権は戻ってこない。






























