アートの才能を伸ばす女子教育
慶應義塾大学2026年3月就職先
慶應義塾大学2026年3月卒
就職先 法 経済 商
ゴールドマン・サックス証券 1 2 0
JPモルガン 4 6 1
モルガン・スタンレーMUFG証券 1 3 0
BofA証券 0 3 0
UBS証券 0 2 0
ボストン・コンサルティング・グループ 2 2 3
マッキンゼー・アンド・カンパニー 0 0 0
A.T.カーニー 1 1 0
ローランド・ベルガー 2 2 0
三菱商事 7 7 3
三井物産 8 8 3
伊藤忠商事 12 3 4
住友商事 7 8 5
丸紅 5 3 2
三井不動産 6 2 2
三菱地所 7 1 1
日本郵船 5 3 2
商船三井 3 2 3
日本銀行 3 0 2
日本政策投資銀行 5 4 5
国際協力銀行 1 1 1
まさにそこなんですよね。
上部構造は下部構造が規定する。
マルクスのこの一文、若い頃は抽象論に見えるのに、年齢を重ねるほど恐ろしい現実味を帯びてくる。。。(まあ私もエデュ民の皆さまからすれば若輩ですが)
結局、人間は経済基盤から自由になれない。
綺麗事を言えるのも、挑戦できるのも、思想を持てるのも、余裕を持てるのも、全部ある程度の資本蓄積があってこそ。
逆に、金銭的に追い込まれると、人は驚くほど視野が狭くなる。
理想、倫理、教養、好奇心、創造性、その順番で削れていく。
だから本来、若い時期に最優先すべきなのは、先の方の仰った浅薄な「好き探し」ではなく、まず下部構造を盤石にすることなんです。
にもかかわらず、今の社会は逆を教える。
やりたいことを探そう。
自分らしく生きよう。
好きなことで稼ごう。
聞こえは良いですが、多くの場合、それは資本形成が終わった側の論理です。
資本主義は残酷で、自由は先に与えられるものではない。後から買うものです。
そして、その自由を買う原資になるのが、結局は稼ぐ力。
面白いもので、人は経済的自由を得ると、初めて本当に好きなものを選べるようになる。
逆に、経済的自由がない状態での「好き」などは、生存不安に強く汚染される。
だから私は、好きかどうかより先に、まず稼げるかを問うべきだと思っています。
下部構造が崩れているのに、上部構造だけ美しく保てるほど、人間は強くないので。
結局のところ、エデュを見れば如実ですが、「好きを仕事に」だの、「探究で与えられた答えではなく問いを作れ」だのを熱心に語っている層ほど、実社会では大して勝っていない。
本当に市場で勝ってきた人間は、もっと冷徹に現実を見ている。
需要はあるか。
利益率はどうか。
参入障壁はあるか。
複利は効くか。
撤退ラインはどこか。
まずそこを見る。
資本主義は、自己実現コンテストではなく、生存競争だからです。
しかも皮肉なのは、経済的に成功した後の人間ほど、結果的に自由な探究や創造に近づいていくこと。
つまり順番が逆なんです。
下部構造を固める前に上部構造だけ磨こうとすると、理想は簡単に生活苦へ敗北する。
そして生活苦は、思想を最も効率的に腐らせる。
だから私は、若い時期ほど綺麗事より先に、まず資本形成を教えるべきだと思っています。
自由は思想から生まれるのではない。
多くの場合、資本から生まれるので。
こうなるくらいなら、1ヶ月で辞めたとかいう方がマシに思えてくる。
企業はたまったものではないが。
もとは、就職への向き合い方に課題があったのなら、見直して再就職を。
無理に引き延ばして疲れてしまうと、何もかも嫌になりかねない。
まだ、思考力があるうちに対策を。
何を急に言い出したのか分かりませんが、少し違和感がありますね。
最近、この手の、早めに損切りしろ、無理するな、自分に合う場所を探せ、という言説、本当に増えました。
もちろん、心身を壊すレベルなら撤退は必要です。
そこは否定しません。
ただ、現代って少しでも違和感があると、すぐに環境が悪い、向いていない、自分らしくない、へ接続し過ぎなんですよね。
でも実際には、仕事なんて最初は大半が苦痛です。
知識もない。
成果も出ない。
裁量もない。
怒られる。
つまり、苦しいのが正常なんです。
なのに今は、その初期摩擦まで全部、合っていない、で処理されやすい。
結果、キャリアが複利化する前に、リセットだけを繰り返す。
そして怖いのは、転職回数そのものではなく、耐性が育たないこと。
人間って、つまらない、苦しい、向いていない気がする、をある程度超えた先で、初めて景色が変わることもある。
にもかかわらず、今の社会は、初期不快を回避し過ぎなんですよね。
だから私は、辞めるな、とも、無理するな、とも単純には言えません。
ただ少なくとも、少し苦しい=間違った道、ではない。
そこを短絡化すると、人生はかなり不安定になる気がしています。
まあこういう遠回りをしてもいいのですが、その間にも周りの同世代は先に進んでることは知っておいた方がいいでしょう。
歯車の人生は嫌だとか、会社に所属しないのがカッコいいとか、若い頃はゲームやアニメ笑みたいなのの影響を受けがちですが、それを拗らせるといい歳こいて派遣とか給料も低いままで、ヒョーガキとかブラックとか鬱とかメンタルとか、被害妄想で周りを悪くいうばかりの人になってしまうので気をつけた方がいいですね。
時代だよなあ。
10年前に仕込んだ不動産や株は倍、場合によっては数倍になって、数億円以上の含みをもたらした。合わない仕事を頑張るのはバカらしいと思うレベル。
しかし、今から資産がさらに倍倍で増えるとは思いがたい。むしろ、物価や賃金が上がる中、現金だけでなく株式などに頼ると、日々残高を取り崩すことになり、細っていきそうだ。今は好き嫌い言わずに仕事頑張るしかない
言いたいこと自体は分かります。
実際、現代って、組織に馴染めない自分=特別、みたいな物語を消費しやすい時代ですから。
特に、会社員を歯車と呼び、所属しない生き方を過剰に神格化する空気は、ネット以降かなり強くなった。
ただ一方で、この手の話って、逆方向へ単純化し過ぎる危うさもあるんですよね。
組織に適応した側を、
現実を見ている大人、
適応できなかった側を、
拗らせた敗北者、
みたいに整理し始めると、それはそれでかなり雑になる。
そもそも現代の日本って、終身雇用も年功序列も弱体化し、企業側は平然とリストラし、賃金も30年近く横ばい。
つまり、かつての、会社に適応すれば人生が安定するという前提そのものが崩れている。
なので若い世代が、会社へ人生を預け過ぎるのは危険では?と感じるのは、ある意味かなり正常な反応でもあるんですよね。
そして実際、組織適応だけで生き残れる時代でもなくなった。
会社員でも、副業、投資、専門性、人的ネットワーク、自走力を持つ人の方が強い。
つまり今は、反組織だけでも危ういし、組織依存だけでも危うい。かなり難しい時代なんです。
だから本来必要なのは、歯車になるなでも、会社に従えでもなく、どこで資本を蓄積し、どこで市場価値を持ち、どこで自立可能性を確保するか?を冷静に考える視点なんだと思います。
結局、幻想に酔った側から順に、現実に回収されるので。
かなり本質的な話だと思います。
結局、ここ10数年って、努力そのものより、どの資産をいつ持っていたか、の影響があまりにも大きかった。
特に不動産と株式は、金融緩和と低金利の追い風をほぼ一直線に受けた。なので、2010年代に都心不動産や指数連動を握っていた層は、労働収入だけでは到達不能な速度で資産が増えた。
すると当然、合わない仕事を耐え続ける意味って何だろう、となる。これは怠惰ではなく、資本収益率が労働収益率を上回る局面で起きる、ごく自然な感覚なんですよね。
ただ一方で、おっしゃる通り、今後は同じゲームが続く保証も薄い。
既に世界は、低金利・低インフレ・資産価格だけ上がる時代から、インフレ、地政学、分断、金利正常化へ入りつつある。つまり、持っていれば勝手に膨らむ時代から、キャッシュフローと実需と実力が再び重くなる局面へ移行している可能性が高い。
だから最近、好きなことで生きる、会社を辞めて自由に、みたいな言説に、どこか2010年代の残り香を感じるんですよね。あの空気って、資産インフレが強烈だった時代背景とかなり結びついていた。
でも今後は、資産を持っているだけでは守り切れない場面も増える。
だから結局、労働を完全否定するのも危ういし、労働だけへ依存するのも危うい。資本と労働の両方をどう持つか、という話へ戻ってくる気がしています。






























