充実した教育環境の日大付属高校
就活での大学格差
高校生の子どもを持つ親です。
就職活動を終えたお子さんを持つ知人から、
売り手市場と言われる昨今でも、
大手企業の総合職をめざす文系男子の就職は、かなり厳しいと聞きました。
知人の話では、試験会場を東大・一橋・早慶とそれ以外の大学で
分けている企業もあるそうです。
受験生が、分けている理由を採用担当の方に聞いた所、
「18歳時の努力の差です!」との答えだったそうです。
企業名は聞いていないので真偽の程は分かりませんが、
そんなに大学によって格差があるものでしょうか。
日本のすべての大学の授業内容が同じであるわけはない。難関国立や早慶卒とFランク卒が同じであるわけがない。そんな当たり前のことが分からず、全ての大学を同じに扱えと言うのはおかしい。東京大学と東京ナントカ大学が同じ扱いなわけがない。就職に違いがあるのは当たり前。微妙なのはマーチクラスだね。人数が多く、学力差も大きいだろうから。
そうした東大・京大等の一部難関国立大学とその他多数の国立大とを粗雑に混同して語るとの詭弁。如何なものかと思われる。同じ国立大学でも、東大と地方無名「国立」大学とでは、入試問題一つ比べても大きな格差(差異)が存するはず。しかも、その東大や東北大であってさえ推薦入学を実施していることも周知の事実。私学だけの専売特許ではない。まして、単純に私学との入試科目数の多寡(といっても数科目程度に過ぎないが)だけでもっての云々は、あまりに非論理的に過ぎよう。
それは競争率実質3倍程度にしか過ぎない東大入試をもって、それゆえ数字的には激戦の私学よりも合格が「容易」だと言い捨てるが如く、滑稽である。失礼ながら、そうしたあなたご自身は、大学受験のご経験なきものとお見受けするが、問われるべきは入試科目数などではなく、当該問題の「質」でなければならない。外形・形式ではなく、その実質にこそ着目すべきだ。
そのうえで、虚心坦懐に早稲田入試での現代文や英語問題等をご覧頂きたい。そこで、東大現役合格者とて、早慶に不合格の憂き目を見るとの実話の信憑性が理解できよう。「私学」だから、あるいは「国立」だからの如き二項対立的権威主義は今日、anachronism以外なにものでもないことをお知りになるべきである。
しかも、ポツダム宣言受諾による日本帝国実質的終了後、まもなく77年にもなろうとする今日、いまだ前時代の遺物たる「旧帝」なる表現を漫然として使用して恥じないその感覚にもまた、anachronismの典型を拝見した。失礼ながらそれは、主権者たる国民ならぬ、「官」に阿り隷従する旧時代的臣民・民草根性丸出しと言わざるをえまい。






























