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【7084815】大学受験国語を考える

投稿者: 関西人   (ID:SSfSnUW1UC.) 投稿日時:2023年 01月 25日 05:19

現代文の題材に選ばれるような文章はポエムに過ぎないだとか、
古文や漢文はいらないだとか、
いろいろ言われていますが、
大学に入ったら嫌でも文章を読んで書かないといけないので、
おそらくは小論文などとともに残るであろう、大学受験国語。
これについて考えていきましょう。

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  1. 【7084853】 投稿者: 関西人  (ID:mtwFTw2Pfec) 投稿日時:2023年 01月 25日 07:06

    個人的には、単純に問題の難易度が高い大学は東大と京大でしょうが、受かることを考えた際に受験生にとって国語のプレッシャーが一番きついのは、早稲田の社会科学部だと考えています。英語や社会科のマニアックな事項を知っているわけでもない(合格者も含めた)一般的な受験生は国語で満点近くとらないと受からないと思います。

  2. 【7084930】 投稿者: 関西人  (ID:mtwFTw2Pfec) 投稿日時:2023年 01月 25日 08:42

    現代文の読解の仕方に関しては、予備校や講師により教え方が異なるようです。
    駿台の東京系の講師や河合塾の講師一般、東進の林氏などは文章の背景知識を重視する教え方を採っているようです。これは学問的には作品論、作家論的な読解の仕方と言えるようです。これに対し、駿台の名古屋関西系の講師は文章それ自体を厳しく分析する教え方を採っているようです。これは学問的にはテキスト論的な読解の仕方と言えるようです。

    私的には前者のほうがしっくりきますが、これには難点があって、資本論のような書物はマルクスという革命家が書いたものだから革命のためのヒントが言外に、そして行間にあるはずだ、というような政治的な読み方も可能にするという問題があります。

  3. 【7085012】 投稿者: 関西人  (ID:mtwFTw2Pfec) 投稿日時:2023年 01月 25日 09:45

    大学入学共通テストの評論の問題が、2つの文章の組み合わせから成るようになったのは、受験生が長文を読めないという状況に合わせたからなのかもしれないですが、それによって、受験生の現状のレベルに合った試験が可能になるという利点があるものの、以前のセンター試験の第一問で出されていたような、一定の長さの評論文に関する問題を解いた後に200字程度で要約するといった、ある程度以上のレベルの国公立大学の国語で出題される論述問題の訓練ができなくなるのは、教える側にとっては痛いでしょうね。私自身は、高2から高3に上がるときの春休みの課題でそういうコンセプトの問題集をやったおかげで記述力が身に付きましたし、神戸大学の論述問題にも対応できました。

  4. 【7085109】 投稿者: 同感  (ID:ycHIB3z5Aok) 投稿日時:2023年 01月 25日 10:59

    漱石研究で知られる教育学部の石原千秋教授は、そのテクスト主義の提唱者である。『資本論』に関わる宇野学派もその系統にあろう。しかしながら、正統的マルクス経済学は『資本論』で、資本主義は必然的に崩壊して社会主義に移行すること、またその原動力は資本主義の経済学的構造に内在する矛盾であるとする。その結果、資本主義構造の解明のみならず、それからの解放の道筋をさし示したとする。

    むろんその背景には、弁証法的な唯物論の存在がある。したがって、この観点からは論文の視座も「~なるはず」「~と解釈されねばならない」との姿勢になりがちだ。それが一部からの「マルクスは『資本論』での解釈とそれ以前の経済論文のそれとは異なる」だの「初期マルクスこそが真実だ」といったような議論を招く。だが他方で、教条的との危険性も生じかねない。

    たしかに体系的一貫性を重視する学問一般の性質上、転説には合理性が求められよう。他方で、学問は進歩し、迷い多い人間も環境に応じてまた変化する存在であるとすれば、その評価は各文献、論文ごとになされるべきだとの考え方にも一利あるとも思われるのである。ちなみにかつて「国家の死滅」を説いたある先達は、その後旧ソ連の実態を知り、同じ著書の増補版に補章を加え、自己の不明を謝した。

  5. 【7085121】 投稿者: 関西人  (ID:mtwFTw2Pfec) 投稿日時:2023年 01月 25日 11:10

    「たしかに体系的一貫性を重視する学問一般の性質上、転説には合理性が求められよう。他方で、学問は進歩し、迷い多い人間も環境に応じてまた変化する存在であるとすれば、その評価は各文献、論文ごとになされるべきだとの考え方にも一利あるとも思われるのである。ちなみにかつて「国家の死滅」を説いたある先達は、その後旧ソ連の実態を知り、同じ著書の増補版に補章を加え、自己の不明を謝した。」

    作家の人間性や作家が書き上げた一連の仕事の中での作品の意義などといった感覚での読み方ではなく、文章毎にテクスト論的な読み方をしたほうが良いというのは理解できるんです。ただ、時代の変化による信条の変化や学説の転換を重視するならば、時代の変化を引き起こしたことに関する背景知識が要るようになると思われるので、歴史や世界情勢などといった要素が大事になってくると思います。林修氏は大学教養レベルの話も交えて現代文の問題を解説すると聞きますから、その辺りもおさえている可能性はありますね。

  6. 【7085128】 投稿者: 関西人  (ID:mtwFTw2Pfec) 投稿日時:2023年 01月 25日 11:18

    池上彰氏のような教養講義が東工大+東京医科歯科大→東京科学大学で重視されるのも、テレビや新聞を視聴する際に発言や文章を理解するための教養やリテラシーがものすごく大事だと考えられているからなのだと思います。大学受験国語も、近代の「古典」のみならず、時事を的確に捉えた文章が出題される傾向はこれまで以上に強まっているように感じます。慶応の小論文の題材になるような文章が現代文の問題でだされやすくなっているのは確かですね。ただし、そこで意表をついて岩波新書の黄版あたりから東大などは出題することもあるかもしれませんね。

  7. 【7085137】 投稿者: エンタメ  (ID:33GyKUMiO3M) 投稿日時:2023年 01月 25日 11:31

    そういう読む人によって解釈が分かれるような文章を、虚構・ポエム・フィクションと呼ぶのだと思います。暇つぶしのエンタメとしてマルクス等はいいとは思いますが、アカデミズム・社会での自分の意見表明の為の論文作成練習としては(笑)

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    「難関大学の文系学部を目指す場合、中学・高校でもひたすら日本語の難解な文章の読解をやらされる。こうした大学入試の現代文の対策をするために勉強をするのはある種の過剰な学習、もっと言えば有害だというのが筆者の意見だ。科学技術の発展にも経済の成長にも寄与しない、何の中身もない人文系の作家や学者が書く独りよがりの衒学的な文章を読まされ、その何の役にも立たない文章の中でもとりわけ意味がわからない悪文に線が引いてあり、どういうことか説明せよ、などと入試で受験生は言われてしまう。実際、具体的に説明すると中身がないのだから、受験生には答えようがなく、そんなものにつきあわされるのはとても可哀相だ」

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