在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
最近になって親が嫌いに
小学生の頃からずっと優等生でした(昔の学級委員タイプ)。
周りの友人が地元の短大にいくような環境の中、
東京の親の希望で受けた有名大学に思いがけず合格し、
親の希望で進みました。
その大学は就職に強ぅ、女性の採用はほとんど無い時代でしたが
運よく総合職で就職しました。
その後は、やはり20台で親の希望の時期に結婚し、30台で子供も2人産みました。
(仕事は転職をしましたが、子育てと両立できず退職)
30歳ごろから、次第に、心に幸せ感がないことに気がつき、
自分は心の底からやりたいこと、専門職の仕事があったが、
親の反対でその道をはずされ出来なかった、あきらめてきてしまった。
そして、子育てで、完全に勤めをやめたとき、
ものすごくむなしい気持ちになり、戻れるものならば、
家族なんてもたなくてもよかった、
本当は仕事だけにかけたかった、とすら思うようになりました。
親はずっと、私をカタにはめようとし、
親の見栄(成績、進学先、就職先、夫の勤務先)の材料と
しました。親が親戚、近所に自慢話をする声のトーンが
たまらなく嫌でした。
若いころは、親が第一には私のために考えていてくれて
いるとと思いこんでおり、見栄っ張りで100点満点じゃないけど、
親にはまあ感謝、といった気持ちでした。
40台に入り、遠方ですが、親の世話に帰省することもでてきて、
その中で、自分がこの親にはどこか感謝しきれない
気持ちがある、と思うようになりました。
私の幸福より先に親の見栄(親自身のため)だったではないか、と。
今、自分が親になって、子供のことを思うとき、
そう感じるのです(何をしたいか、自分は親に尋ねられたことが
ありません、私は常にこどもの本当の希望を考えます。)
だれも100%すばらしい親にはなれないのだから
とは思いますが、今時分、もう年齢も中年も中年、
人生半ばもすぎ、と思うとむなしさでいっぱいです。
30歳ごろからは、自分なりに、積み上げてきたものを
いかしながら、かつ自分の元の希望と相容れるような
道で努力をしましたが、大学選択で間違ったという気持ちが
抜け切れませんでした。(親にとっての学歴コンプレックス
を晴らすには恰好の大学だったようです。)
親の面倒をみるようになった今、
どういう気持ちの整理をし、どう接したらよいのでしょうか・・・
自立と言うものは、親の価値観に縛られる事なく自分の人生に自分で責任を持ち
なおかつ育ててくれた親への感謝を忘れずに生きる事と私は思います。
そういう意味では、スレ主様は、ずっとこれまで自立してこなかった。そして、
自分の人生に自分で責任を持てずにいる今現在も自立できていないように思います。
やさしい心と自分の幼さが、ずっと親を振り切れずにいたのではないでしょうか?
ここに来て、やっと自立の一歩を踏み出している・・・そういう気持ちなのかもしれません。
同じ親でも、親が支配できずにさっさと親離れする子もいます。支配的な親と従順すぎて
かつ精神的に幼い子の場合は、ずっとその支配が続いてしまうと言う悲劇も生むかもしれませんね。
40になって気づいいたのですから、これからの人生生まれ変わったと思い自分の
思うように生きて見られたらどうですか?そこには自己責任があることをわすれないで下さいね。
思春期に自分自身と親について徹底的に考えた人はそこで親離れができ、後の行動には自己責任を持ちます。
親のいいなりになるのも自分の責任、勧められた進路へ行くのも自分の選択、と。
うちは見栄どころか明らかな子供自慢を無邪気にして回る母でした。家庭内でもエキセントリックでかなり大変でしたが、いい勉強になりました。高校ぐらいからはもう大人の視点で対外的な母のフォローまで考えるようになってましたので。(ある意味、よい教育をしてもらえたのかもしれないですね。)
できるだけ早めに親離れと精神的自立をしましょう。
親に今更不満をぶつけても仕方ありません。
若い頃の自分を恨みましょう。その方が楽なはずですから。
老齢となる親は段々と幼くなり、あなたが保護者のように守る立場に逆転して行きます。
それまでに、優しい視点で親を見られるよう成長なさいますよう。
私は、あなたは幸せだったからこそ今まで幼いままなのだと思います。親からの要求や軋轢に、早くから葛藤するという機会が少なかったのですから。
残る人生は自己責任で生きましょう。
むなしさに襲われたり、失敗して自嘲する時も、「自分」が動いての結果なら楽しめるようになります。
専門職の短大に進み、資格を取って就職し、結婚して二人の子どもの親になりました。
10代ではピアノを頑張り、音大に進学したかったのですが、挫折。
20代は仕事と旅行に費やし、結婚。
30代では子作り(不妊症でした)と子育てに明け暮れ、
40代にはイラストか絵本作りをする夢を持っていましたが、生活に追われ、ただの夢に終わりました。
そして、今はある資格を取るために勉強中です。
自分の人生は夢だけを追っていたのだとあらためて感じました。
今は少しだけ夢を子どもに託しています。子どもは自分で選んだ道なのですが、もしかしたら、そういう方向に行くように育ててしまったかもしれません。
私は親に強いられたとは、ありませんが、親が喜ぶ進路を選んでいたような気がします。
スレ主さんの気持ちもとてもよくわかりますが、自分の挫折感(?)を親のせいにしていませんか?
もし、自分のやりたかったことに、まだ悔いが残るなら、今でも決して遅くありません。
挑戦してみたらいかがでしょうか?
まさに遅れてきた反抗期でしょうか?
子を持って知る親の恩のはずが、逆なんですね。
スレ主さん40ですよね、40歳の顔は自分のもの。
もう親から貰ったものじゃないですよ。
親の干渉があったにせよ選んだのは自分なんですから、
あんまり甘えたこといわないでください。
20歳とは違うんですから。
私は40代好きですよ〜。
もう40歳になっちゃったと思っても、後で60、70歳で考えてみると若かったな〜あの時と思える年じゃないかしら。。。
取り合えず、家庭があって帰る家がある。
体に鞭を打てば、なんとか動ける体がある。
ものすごくハードル低いかもしれないけれど、私はこれで十分幸せ♪
そりゃあ、欲を言えばきりがないけれど、まだまだ人生悔いてる暇ないよスレ主さん!
やりたい事あるんだったら、モヤモヤ考えてないで、前に進めばいいでしょう。
まだまだやり直せる歳なんだから〜(家庭をクリアにすることではありませんからね)
皆さんが書いておられるように、誰しも満足のいく人生を歩んでいるとは限らないし、
たとえご両親の示された進路であろうと、スレ主さんが進みたい道をはっきりこうし
たいとお話して、ご両親を説得するという選択だってあり得たわけです。
私も同じで美大に進みたかったのですが、「美術=遊び」と考える両親で、教育系の
短大に進みました。
でも、親を恨んでません。
高校時代の尊敬してた先生が、家が貧しく一年間必死で働いて、学費を貯めて京大の
理学部を卒業されたそうです。
本当にやりたいことだったら、ここまですれば、道は開いたはずです。
でも、私はしなかった。
覚悟が足りなかったのです。
それは、親ではなく、私の責任です。それに違う道もいい経験をさせてもらって、
楽しかったです。短大に行かせてくれた親に感謝してます。
世間知らずだった私の、人間の幅がちょっと広がったと思います。
私も同じ40代ですが、まだまだこれからだと思ってます。
平均年齢まで生きるとしたら、やっと折り返しではないですか!
やりたいことも、自分次第でなんでもできるのではありませんか?
スレ主さんのこれからの人生を悔いのないように、お過ごし下さいね!
いっしょにがんばりましょう!!(^^)
皆さんのレスにいちいち頷いています。
いっぽうスレ主さんの気持ちもすこーしだけ分かるような気がします。
スレ主さんは能力が高く素直で、
これまでご両親の期待に応えられたのですよね。
まあ親との関係は難しいものですよ。
「親の心子知らず」だし「子の心親知らず」かな。
私も皆さんもまだまだ40代。
葛藤を抱えながら、いろいろと考えていかなくてはね。
(娘業、親業、同時進行で大変だ!)
私が子供のころは、まだ一人っ子が少ない時代でした。
母はあれこれ情報をあつめ、教育熱心で一生懸命私を育ててくれました。
その事について、私はつねに親戚、友人など、全ての人からいつも
「有難いと思いなさい、あなたは幸せよ。お母さんに感謝しなさい」
といわれ続けてました。
私もそのとおりだと思い、期待に応えるべく、反抗期もなく頑張ってきました。
いえ、反抗期がなかったのではありません。周囲からの無言の圧力と、母の愛情への感謝の気持ちから、反抗することができなかったのです。
そして今ごろになって、反抗期に散々心配をかけた私の友人たちが、老いた親にとても親孝行をしているのを見て、何故かうらやましいような気がしているのです。
この気持ち、もしスレ主さまにわかっていただけたら、嬉しいです。
今、決して親不孝しているわけではないです。
ただ、「若い頃に親不孝しちゃったから、これからは親を大事にしなくっちゃ」などと
屈託なく心底嬉しそうに話す友人とその母を前に、一体自分のしてきたことは、なんだったんだろうか?正しかったのか?と考えてしまうのです。
最近反抗期もなく、妙に仲の良く海外旅行やお買い物に連れ立って出かける母娘を見かけます。だけど反抗期というのは、とても大事な事なのではと、今更ながら思います。




































