在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
朝日新聞を見つめて
6月6日朝刊、「軍人の子という負い目がある一方、、、」
6月6日夕刊、韓国新聞社の日本語タブロイド紙が人気云々、、
よくやってくれますねえ。
皆さんも、お子さんとじっくり朝日新聞を読んでみて下さい。
>しかし「植民地責任」という観点からは「不法行為に基づく」という概念が大きな意味を持つ。例のクマラスワミ報告、あるいはマクドゥーガル報告がいったいどのような属性をもった人物によって書かれて、国連人権委員会の対日勧告に繋がっているか、冷静に考える必要があるだろう。
かつて、植民地だったアフリカ、アジア、中南米の国々の旧宗主国に対する憎悪というのは、凄まじいものであろうと想像するが、
そういった国々の日本に対するイメージは、元々は悪くはなかったにも拘らず、
「植民地」というキーワードに触れた途端、過酷な歴史の記憶を呼び起こし、さらに「慰安婦」というキーワードに触れることで激しい憎悪をよんでいないか。
クマラスワミ報告書の証拠採用の粗雑さから、常軌を逸する激しい憤りを感じるのである。
日本の韓国に対する植民地政策がどんなものだったのか、いかに植民地としての韓国と自国とが違うのかを、かつて植民地だった多くの国々に知ってもらう必要があるであろう。
朝日新聞の、一読者 君
>「叩く」とは,イコール暴力のことですよ.
私の言った「叩く」とは,つまり「言葉の暴力」です.
君の見解は粗雑だなあ 笑
「叩く」という言葉の意味として、論理的批判も含まれる。
>■ デジタル大辞泉の解説
たた・く 【×叩く/×敲く】
[動カ五(四)]
3 ウ 相手の言論・文章などを徹底的に批判する。強く非難する。「新聞に―・かれる」
冷静にかんがえると 様
>---前にも述べた通り「植民地責任論」の問題としてクローズ・アップされてきており、「慰安婦問題=日韓問題」とういう枠を超えて、普遍的な人権問題になってきているのが実相といえましょう。
>現実問題として、作家の塩野七海氏がおっしゃっているが、欧米を敵にまわしてはいけない。火は消せるところから消していくものです。年内に日韓首脳会談が実現されれば早急にこの問題を話し合って、「植民地責任」の是非を検討する共同研究プロジェクトを立ち上げるなどして、欧米諸国に我が国の姿勢をアピールしていくことが肝要かと思います。
国連の場において逆に多国間の問題として我が国から問題提起してもよい。「旧宗主国」全体の問題ですよ、と。のど元の刃として、欧米諸国も頬かむりはできなくなるでしょう。
>「慰安婦問題=日韓問題」とういう枠を超えて、普遍的な人権問題になってきている--
慰安婦問題がトゲとなって,ささくれている日韓関係も,
「普遍的な人権問題」として,慰安婦問題を包み込める道筋を両国で描ければ,
なにかしら打開できるのではと,とても期待したいです.
産経の黒田勝弘氏も,このようなことを言われてます.
『僕は朝日が報道しなくても慰安婦問題は起きたと思います.
ちょうど韓国側は今,この問題を国際的な女性の人権問題,普遍的な問題であり,日韓問題ではないというふうに国際キャンペーンをしています.
そこをうまく利用,活用して,過去の慰安婦問題をひとつの教訓として,繰り返さないように,あるいは紛争戦時下の女性の人権を守るために,今後,女性の人権拡張のためのある種の国際基金を作りましょう,という解決に向けてのひとつアイデアは出せるんではないかと思います.』
>僕は朝日が報道しなくても慰安婦問題は起きたと思います.
このスレは「朝日新聞を見つめて」なので、
朝日新聞に的を絞って書くけども、
朝日新聞が書かなくても、慰安婦問題は起きたんだ、
だから、朝日新聞の誤報は大きな問題ではない・・
このような論法で、
朝日新聞の問題を矮小化出来るかというと、
それは完全にピントがズレていると思っていて、
慰安婦問題だろうが、原発問題だろうが、何でもいいのだが、
朝日新聞の問題の核心は、
>正義のためなら事実を曲げても構わない
そういった報道姿勢であろう。
戦前の空想的軍国主義、戦後の空想的平和主義、
実は、朝日新聞の報道姿勢は、
戦前、戦後と何も変わっていないのではないか。
>どこぞの大学教授が書いた朝日新聞を擁護する「意見」など載せても購読を止めた読者は返ってきませんよ。
ヨミウリの景品につられるような連中はどうでもよろしい。
あんたも戻らなくていいよ。さようなら。
東スポ
週刊大衆
そしてヨミウリ(サンケイ)
あんたには、この三種の神器がお似合いだ。
記事を書いた人間も分からないほどいい加減なのか朝日は。
朝日の記事の内容には、真実性が担保されていない良い証明になっている。
8月5日の特集記事「慰安婦問題を考える(上)」で、朝日新聞社は、韓国・済州島で女性を強制連行したとする吉田清治氏(故人)の証言を虚偽だと判断し、吉田氏に関する記事を取り消しました。初報は1982年9月2日付大阪本社朝刊の記事として、「執筆した大阪社会部の記者(66)は『講演での話の内容は具体的かつ詳細で全く疑わなかった』と話す」と記しました。しかし、その後、この元記者は当該記事の執筆者ではないことがわかりました。おわびして訂正します。
-朝日新聞 2014.9.29-




































