女子美の中高大連携授業
「女性宮家」創設へ
皇室の弥栄を願います。
>二俣川さんにお願いしても無駄だと思っていますので自由さんにお願いしています
彼女は、キミを黙らせるために二俣川先生を利用したのだよ。
キミは単純で愚かだねぇ。
アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
京大?
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憲法学で、私に論破された二俣川がヤケクソになって、
天皇制を批判しているものなら何でも構わん!とコピペを始めたが、
以前、私が網野善彦氏の意見に触れ、感じたことを書いたので再掲する。
象徴天皇制は我々日本国民にとって必要である。
(再掲)
>投稿者:自由 (ID:0wGjaE.iYTk)
投稿日時:15年 06月 19日 07:32
網野義彦氏が大変興味深いことを言っていて、
大王という地位が天皇に変わり日本という国号が成立するのは7世紀後半の天武朝なのであって、それ以前には、日本、天皇というものは存在しない・・これを繰り返し語るのである。
ソシュール言語学で示すところの「言葉なきところに概念なし」にしたがえば、網野氏の主張はたしかにそのとおりであり、古代の大王をそのまま天皇に、倭国を日本に結びつけることは問題があると思われるが、
逆に言えば、
大王から天皇への称号の転換がなければ、日本という国号は誕生しておらず、7世紀後半天武朝以降は、天皇という概念と日本という概念はセットなのであって、天皇を中心とする国体の王朝名が「日本」なのである。
重要なことは、
「天皇」と「日本」という言葉、概念は不可分なのであって、もしも、この国から天皇がいなくなれば、日本はなくなるということである。(もちろん、別の国名で国は存続するだろうが・・)
天皇を中心とする・・というとすぐに反発する人もいるが、要は、その「中心」のあり方の問題なのであって、国民の大多数はそれが「象徴」であっても一向に構わないのであろう。
日本という概念を捨てるくらいなら。
前掲の樋口陽一氏の対談集から。
(再掲)
『憲法を読み直す』(樋口陽一、井上ひさし、講談社)
38頁「天皇訪中」は”人権”の問題だ
樋口「私は国民主権と象徴天皇といういまの制度を大事にする立場だけれども・・」
樋口「天皇の名で戦争が始まり、天皇の決断によってわれわれ日本人は命を救われた。われわれが死なないですんだのは昭和天皇が戦争をもうやめようと言ったからなんだという、そのような形で始まった日本の戦後と・・」
勝手に論破論破は、「自由」と「ふふ・・・」殿とのあの不毛な揚げ足取りでも常套句(さらに、「モンペ」「感情論」)であった。共通するのは、「自由」の執拗な粘着ぶりである。
ところで、近代史研究家の柏木俊秋氏は、かつて次のように述べていた(一部要約)。
「90歳近い高齢まで裕仁を<現役の天皇>の座にすわらせ、皇太子明仁への『摂政』委任という形をとらずにきたのは、日本帝国主義の存立の基柱、シンボルとして、天皇裕仁の存在が不可欠であったということです。
皇太子明仁自身に対する支配階級の信頼感がないこともその原因の一つです。明仁というのは戦後民主主義の影響下で育ってきた人物であり、裕仁のように軍人としての教育も受けていない。
しかも敗戦の過程で人格形成期を迎えた天皇の長男として、きわめて屈折した精神構造を持った人間といわれています。少なくとも日帝支配中枢にとっては、体制的激動期の到来を前にしてのきわめて頼り下のない人物として映っているわけです。
『Xデーをめぐる体制側の危機ー歴史的無準備性』より」
たしかに、私自身右翼の親分と一杯やったとき、彼が明仁天皇に対する不満を漏らしたことを覚えている。また、極右勢力に支援されるアベ自身にも、明仁天皇に対する冷淡さが感じられる(逆に、天皇夫妻によるアベへの忌避感情ゆえかもしれぬが)。しばしば述べられる日本国憲法擁護との現天皇(や皇太子)による意向や行動に対する彼らの反発の表れではなかろうか。
柏木俊秋氏は、現在の支配層の体制的危機につき、次のように述べていた(以下、一部要約)。
たしかに、アベらによる先の戦争法案強行採決や財界からの意向を受けた労働者派遣法改悪策動をみると、現象面が見事に符合する。
「日本の資本主義がその歴史的・構造的な体制の弱さをつかれ国際帝国主義の最弱の環に転落する危機にみまわれ始めたこと、これが危機の根底にあります。
第二に、主要な日米経済摩擦、日米矛盾の激化を軸に進行しつつある危機であるがゆえに根底的な危機であり、絶望なまでに深刻な危機であるということです。
第三に、そうした日本帝国主義にとって、経済的構造の本質的脆弱性とともに、なにより帝国主義国家としての政治的・軍事的面の弱さ、歴史的・戦後的な無準備性という点が最大のネックになっているということです。
第四に、まさにそれを突破するために軍事大国化の政策が猛烈に展開されているわけです。
第五に、そうした軍事大国化への追求が、対内外で大きな軋轢を生みださずにはおきません。
そこで、戦後日本の国家体制、つまり象徴天皇制と憲法九条によって規定された議会制民主主義的、階級調和的国家体制の在り方を根本的に否定して、戦争と恐慌と階級激動の時代に対応できる強権的で国家主義的な支配体制に日本を転換させようとする攻撃です。『国家体制の転換攻撃と天皇制』」




































