女子美の中高大連携授業
「女性宮家」創設へ
皇室の弥栄を願います。
>長年に亘る碩学の地道な研究を素人が「神学」と切って捨てる。
無知ゆえの傲慢さ。 呆れるばかり。
- 憲法起草のいきさつはさておき70年も経てば社会情勢も変わる。
それに合わせてどう憲法改正すればよいかの議論を放置し、
ただひたすら起草時の文言に固執しその解釈のみに安住する姿は
聖書の文言の解釈に身をささげる神学者のそれとよく似ている。
日本の憲法学者のほとんどはそうじゃろう。
神学者に聖書の内容が現実社会とかい離しているから内容を変えろと
言ったら怒るだろうな。聖書が言っているよりずっと昔に宇宙ができた
とか生物の進化が有ったとか。。。。。
日本人はアーミッシュのように過ごせと言うわけでもなかろう。
二俣川
反論できず、ギブアップだな。
笑
(再掲)
>かつて、
国民主権と天皇主権は「矛盾」する、しない
という論点で、
東大法学部で尾高宮沢論争というのがあって、
「矛盾しない」と主張するノモス主権論の尾高教授に対して、宮沢教授が勝利し、一応は、「矛盾する」というのが通説的見解になっているが、
その宮沢教授も、
国民主権と象徴天皇制が「矛盾」する(二俣川)
なんて言っていない。
二俣川の妄想である。
>- 憲法起草のいきさつはさておき70年も経てば社会情勢も変わる。
それに合わせてどう憲法改正すればよいかの議論を放置し、
ただひたすら起草時の文言に固執しその解釈のみに安住する姿は
聖書の文言の解釈に身をささげる神学者のそれとよく似ている。
日本の憲法学者のほとんどはそうじゃろう。
素人らしい意見だ。
だが、法に規範性が不可欠である以上、実定法解釈が重要なことは当たり前。
それゆえ、我われの自由も保障される。
このことすら否定するのなら、それはマグナカルタ以前の意識だ。
また、憲法「改正」論議の前に行うべき事柄がある。
すなわち、次の3点だ。
① まず、どのように社会情勢が変わったというのか。
② それに対して現行憲法では対応できないのか。
③ ②につき、どこをどのように変えればよいのか。
上記の議論を十分に尽くすことが先決だ。
なぜなら、憲法はわが国の最高法規であるからである。
あの「天皇制」も議論を尽くさず、政治的妥協で以って拙速かつ中途半端に残置した。
だからこそ、憲法施行後68年経過してなお今日まで本質的問題を包含したままなのである。
先般のシンポである研究者が述べていた。
戦争法賛成の安保学者らは反対派との討論会から逃亡し、顔を出さないという(招待しても)。
情けない連中だ。堂々と顔を出し、満座のなかで存分に意見を開陳すればよいのに。
結局、自論に論理的確信乏しいゆえだろう。
違憲性を自ら自覚しているという証左だ。
ならば、堂々と正面から改憲を主張すればよいのに。
天皇は宗教的祭祀の主宰者の側面あることは、スレ主も認めていたところ。
むろん私人としてのものであれば、あえて異を唱えるつもりはない。
しかしながら、宮内庁はそれもまた「公的行為」に準じた取り扱いを為しているようにも見受けられる。問題ある姿勢だ(『公的行為』も怪しい概念だ)。
現行憲法上天皇が「象徴」であるならば、信教の自由との関係上、これも厳しく峻別されなければならない。
「皇室『外交』?※」なる言葉も同様、世間には憲法に違背する用語が恣意的に流布されている。
その意図は何なのであろうか。
※ヒロヒトは、皇太子時代の訪英で知った英国王室の様子に感激したという。
しかし、彼は勘違いをしていた。当時でも英国は民主主義の確立した立憲君主制国家、だが日帝は天皇独裁の全体主義国家であったことだ。
しかも、その後その英国自身を「鬼畜」と蔑称した戦争をヒロヒト自ら始め、
みじめな日帝敗戦後には今度は英国自身が天皇制廃止を唱えたという皮肉。
嗤える。




































