在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
「女性宮家」創設へ
皇室の弥栄を願います。
おはようございます。
>皇位継承については天皇家のお家の問題だと思っているんです。
それを憲法で決められてるからと、ご意向を聞くことなく他人が勝手に決めることが受け入れられないのです。
>「隙を与える」とか「火種を抱える」
どうももこもこ様のお気持ちに(大きなお世話でしょうが)ここに矛盾を感じてしまうのです。
この「隙」や「火種」というもこもこ様のご心配は、
やはり外から入ってきた男性の子供が即位する事に、心のどこかで許せないというか、受け入れられない感情があるのではないでしょうか?
色々私から見れば「本当にありえるのか?」という心配事を書かれておられますが、
ようは民間人男子が皇婿として入られ皇位継承付与はなくとも、男性でもって長く続いてきた継承の歴史でが根付いた国民感情からすると、無意識に皇統が配偶者である「皇婿の幻の姓」へ交代したしたと見てしまう国民が多いからではないかと思います。
私は皇室と国民の両方があって日本国だと思っています。どちらか片方だけで決める事には、慎重になってしまいます。
皇位継承者のご意見を踏まえて国民が答えを出す事でよいのではないかと思いますね。
ちょっと脱線するけども、
個人的意見としては、
天皇は京都御所にお帰りいただいたの方がよいのではないか・・そう思うことがある。
東京の喧騒から離れて、京都御所で天皇家のことは天皇家が決める。
それでよいような気がする。
もこもこさん
ありがとうございます。
私は、エデュの中で誰よりも天皇・皇室、そして、この国のことを深く考え、心配なさっているのはひまわりさんであろうと思っています。
それから、天皇・皇室の話だけではなく、ひまわりのお話には信念や覚悟というものを感じてもいます。
誰になんと言われようが揺るがない気持ち。
これまでの生活環境や学びの中で育まれて来た「芯」。
そんなものを感じるのです。
だから、申し訳ないですが、もこもこさんがひまわりさんに対して、
じゃあ、天皇陛下が旧皇族の皇籍復帰を望まれたらどうするんですか?
という"感じ"で質問をなさった時に、「この質問はひどいな」と思ったのです。
ひまわりさんのお気持ちに全くよりそっていないなと。
厳密な質問の言葉は覚えていませんし、ひまわりさんが実際どのように受け取られたのかも分かりませんが、私がそう感じたのは事実です。
それでも、ひまわりさんは真摯に答えてくださった。
でも、それにも関わらず、ひまわりさんの答えを素直に受け入れることもなく「ひまわりさんと違って、私は、、、」というニュアンスの返答をなさった。
そこが気に障りましたした。
もっとも、私も、私と外野さんのことに口を出すなと言ったのですから、ひまわりさんともこもこさんのことに口を出すのはおかしいですよね。
そう気づきましたので、もうこの話はやめにします。
失礼しましたm(__)m
>天皇は京都御所にお帰りいただいたの方がよいのではないか・・そう思うことがある。
>東京の喧騒から離れて、京都御所で天皇家のことは天皇家が決める。
本当にそうできるのであれば、私もこれが一番よいように思います。
心に芯のあるひまわりさんにもの申す。
これに、高いハードルを設けるお考えが、私には理解できません。
国民主権の「国民」に、知識や環境に大幅な違いがあることは当然想定できるところで、どのような人に対しても、どのような人でも、「もの申す」権利がある思想が国民主権だと思います。
皇統の問題は、「血の希少性」を追及する思想に根本を置いていると思います。「女系でも構わないと人々が考える状況」が、「神話」になる、と私は思います、自由さん、もこもこさん。外国人でも男系を希少価値と考える方はいて、それがあって日本の皇室への「多くの人々の」「敬意」が維持されるのではないか?と思う状況(悠仁様ご誕生により、一時女性宮家の議論が下火になった)は、過去を遡れば、「女系になったからといって変わらない」という個人的意見よりも、親しみが持てるものです。
そう言えば。
継体天皇以後、傍系を探るといっても限界があるだろう?とか、6世紀以後は「王宮で育つ」などの要件で、天皇になる資格を絞り始めた、という記述を見ました。血の正当性の要件は、可能な限り、「絞る」方向で、考慮されてきたのではないでしょうか?旧皇族の方のご復帰か、女性宮家創設か、という問題は、何に重きを置くか?の相違に見えてきました。
第三回アメリカン・プリンセスは、なかなか暗示的な終わり方をしました。シンプソン夫人のおかげで、英国貴族社会へのアメリカ人の進出を止めることができたと言う古くからの英国貴族の発言の後、ダウントンアビーに出演しているエリザベス・マクガヴァンは、ダイアナ妃を通してアメリカ人の血がイギリス王室に繋がっている、と示唆しました。
人は、「血」と「育ち」のどちらにより寛容になれるのか?
私は、「多くの」人たちの気持ちを知りたい。
取り急ぎ投稿するご無礼を、ご容赦くださいますよう。




































