在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
誰が北朝鮮の工作員なのだろう
徐薫国情院次長も問題の北朝鮮要員と秘密接触
国家情報院(国情院)で対北朝鮮の戦略企画と情報を総括している徐薫(ソ・フン)第3次長(53)が昨年11月19〜23日、中国の丹東を訪問して李ホナム北朝鮮民族経済協力連合会参事(54)と接触したことが確認された。李参事は、徐次長に会う前の昨年10月20日、北京で盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の側近の安熙正(アン・ヒジョン)氏や与党ヨルリン・ウリ党の李華泳(イ・ファヨン)議員らと秘密裏に接触し、「首脳会談」に向けた特使交換の方法などについて話し合った。
李華泳議員は最近、本紙記者の「国情院は秘密裏に接触することに否定的ではなかったか」という質問に対して、「そのとおりだ。徐次長が丹東で李ホナムと会ったこともある」と明らかにした。
当時、国情院の対北朝鮮戦略局長だった徐次長は、秘密ラインを通じて北朝鮮との接触が行われる状況下で、対北朝鮮の公式ラインを復元するために李参事と接触したものと見られる。
安氏の北京接触などを企画した対北朝鮮事業家の権五弘(クォン・オホン)氏が作成した備忘録にも、「11月21日、ソウル小公洞(ソゴンドン)のロッテホテルで李華泳議員と会った時、李議員が李鎬迵(イ・ホチョル)大統領国政状況室長に電話をして、『徐薫次長は帰ってきましたか』『今日も帰っていないのなら、いつ帰ると言っていますか』と聞いた」というくだりがある。
備忘録にはまた、李参事の伝言だとして、「S(徐薫次長)が帰ってきた時、『話すことも聞くこともないから、ホテル代を節約したければ早く帰った方がいい』と話した」と明らかにし、徐次長と李参事の接触がこれといった成果なしに終わったと書いてある。
これまで、国情院側は安氏と李参事の接触に一切関わらなかったと主張してきた。当時、国情院長だった金昇圭(キム・スンギュ)氏も最近、「いかなる報告も受けていないし、知っていることもない」と述べた。
一方、徐次長は国情院の広報管理官を通じて、「あり得ないことだ。会ったことがない」と事実関係を否定した。
http://www.sankei.com/premium/news/150816/prm1508160007-n2.html
辛容疑者が群馬県に潜伏したのは、原さん拉致事件から2年後の82年11月。最初は高崎市内にあるパ[削除しました]店の従業員として偽装就職。店舗の2階にある従業員宿舎に居を定めた。
83年5月に北朝鮮に戻るため、群馬から離れたが、同年11月に再び来日すると、同じパ[削除しました]店に再度就職を果たし、翌年には前橋市にあるパ[削除しました]店で働き始めた。
群馬での動きは不明
調査会は7月24日、辛容疑者が潜伏していた高崎市と前橋市のパ[削除しました]店を訪れた。現在、前橋市のパ[削除しました]店はそのまま残っているが、高崎市のパ[削除しました]店はスーパーマーケットとなっていた。
辛容疑者は群馬で何をしていたのか。韓国での判決文では、ほかの多くの地域にいる間は何をしようとしていたのか、はっきり記されている。例えば、大阪に滞在していた時代には、原さん拉致に向けた準備を進めていた。東京にいた際には、在日朝鮮人の協力者の獲得活動を進めたり、韓国の軍事情報を入手するための工作をしていたことが書かれている。
だが、群馬県に潜伏していた時代に、辛容疑者が何をしていたかは謎に包まれている。潜伏先を群馬に持っていたことが記されているだけだ。
元々日本社会党の議員で献金疑惑など有耶無耶で終わらせた国会議員
群馬県にいました。
2007年1月、2001年の第19回参議院議員通常選挙の際、角田の選挙対策本部は個人・企業・団体からの献金の一部を政治資金収支報告書に記載していなかったとの疑惑が報じられた。角田の選挙対策本部が作ったとされる会計帳簿が流出、同帳簿には個人や企業・団体から「陣中見舞い」等の名目で総額2517万円の入金があったと記されていた。しかし、角田の政治団体や当時角田が会長をつとめていた民主党群馬県連の政治資金収支報告書等にはこの入金が記載されていなかったため、角田に対する闇献金があったのではないかとの疑惑が浮上した。
更に、朝鮮総連系の商工会や不動産会社、パ[削除しました]業者から計160万円の入金があったとの記載もあり、政治資金規正法によって禁止されている外国人からの献金を受けていた疑いも持たれるに至ったが、当時の角田事務所の会計責任者は「会計帳簿が見当たらない。事実関係を確認するすべがない」と述べ、角田本人も「私は金の出入りは知らない」と説明。不正献金疑惑に対して肯定も否定もしないという釈然としない対応に終始した。
流出した帳簿の真偽についても言を左右にし、紛失した本物なのか偽物なのか調査もしないという不可解な態度をとる一方で、疑惑を放置したまま参議院副議長の職に留まる意向を示したため、与野党から批判を浴びるに至った。結局角田は疑惑については釈明せぬまま、「参議院副議長の職に留まることは国会全体の運営に影響する」との理由から参議院副議長を辞任した。角田の副議長辞任後は疑惑そのものも事実がはっきりせぬまま終わった。
群馬県高崎市在住の公立中学校男性教諭が、かつてオウム真理教が衆院選に候補を立てたときに使った歌を投票呼びかけの替え歌にしてツイッターでつぶやき、批判が相次いでいる。
この男性教諭は、1日に何回もツイートをしており、ネット上では、ある程度知られた存在のようだ。
「とーひょー、あさからとーひょー♬」
参院選投開票日前日の2013年7月20日は、指導に行っている大学の部活動で学生たちが投票に行く気配がないとツイッターで嘆いた。自らも政治に興味がなく、何度も棄権したとしながらも、小選挙制になって選挙が面白くなったとし、「無関心はよくないよね」と書いた。
そして、日本共産党のマスコットキャラがテーマソングなどで政治への関心を高めようとしているという報道を引き合いに出した後、こうつぶやいたのだ。
「とーひょー、とーひょー、とひょとひょ、とーひょー、あさからとーひょー♬」
元の歌は、オウム真理教の教祖だった麻原彰晃死刑囚の名前をメロディーに乗せたものだ。
すると、ツイッターでは、このつぶやきに対し、「不謹慎極まりない」などと非難が相次ぐ事態になった。「サリン事件で何人なくなった思ってんだ?まだ、苦しんでる人もいるのに」といった指摘や、実際に後遺症が残っている親族もいると怒る人も出た。
そして、授業でこんな替え歌を歌っていないのかといった疑問が寄せられた。これに対し、男性教諭は、「生徒に選挙権ないですが」として、「なんでこうTweetそのまま授業でやると思うんですかね」と反論した。普通の大人なら、時と場所、場合に応じた教育をわきまえているともした。
男性教諭は、翌21日もツイッターで弁明に追われた。
批判には「『臭いものには蓋』と変わらない」
不謹慎だとの批判に対しては、「一見正しいことを言っているようだが、『臭いものには蓋』と変わらない」とツイッターで反論する。
男性教師は、「日本人は嫌な事は早く忘れて目の前から消し去り日常に戻ろうとするバイアスが強すぎる」とし、「一連の麻原彰晃の歌はみんな聞いてみた方がいい。そしてなぜこんな集団が一定の支持を得たのかは今後も考えたい」などと説明している。
自らにも、オウム信者になって警察に指名手配された友人がおり、出家した友人も数人いたとして、「なぜ、ああなってしまったのか。今でも考えている」と言う。男性教師は、オウム信者かとツイートで聞かれ、「オウムの話題を出すと『信者か』と言う方がよっぽど不謹慎ですね」と反論していた。
なお、男性教諭は、反原発の立場を明確にしており、過去には、ツイッター上の放射線量測定を巡る発言で福島県の人から訴訟を起こされたことがある。また、お笑い芸人が「現時点では原発は必要」だと伝えた過去のツイッター・ダイレクトメッセージを無断で公開したと論議になり、男性教諭はこのとき、芸人が脱原発派と明かしたから公開してもいいと思ったと説明していた。
朝鮮総連の許宗萬と親しくしていた日本社会党の田辺
朝鮮総連系のパ[削除しました]などから献金が発覚した日本社会党から
民主党に移った角田
そしてパ[削除しました]店を経営する企業から寄付が発覚した
自民党の福田康夫などは群馬県の政治家である。
そして康夫の父親は日本赤軍のよど号ハイジャック犯の要求を無条件でのんだ
刑務所の日本赤軍9人の釈放と身代金六〇〇万ドル(当時のレートで一六億二〇〇〇万円)を支払う。
奴等は北朝鮮へ行き、その後拉致加害者が大量に発生することになる
群馬は韓国・北朝鮮と関係があるのに、危機感が少ないのだろうか。




































