アートの才能を伸ばす女子教育
偏差値72…選択肢が男子校しかありません。男子校で後悔しないか?
小学5年の息子の志望校について悩んでいます。
入塾して以来成績が伸び続け、現在塾の定例テストの偏差値は72で安定、この前の首都圏模試偏差値は74でした。もちろんこれから落ちるかもしれませんが…。
第一志望校を決めたいと探しているのですが、予想以上に偏差値が良くなってきたため選択肢が男子校しかなくなり戸惑っております。
主人はトップ公立→塾無しで国立大学に行ったので、もともと中学受験には反対でした。ですが現在の公立中学の内申制度に不安もあり、今は中学受験することに意見が一致しております。
でも、主人は、男子校は人間形成に影響が出る、公立でも私立でも良いが絶対に共学にしたほうが良いと主張しております。
通学しやすいところで偏差値だけで言うと、駒場東邦か筑駒…になるのですが、主人は男子校は絶対やめたほうが良いと譲りません。
通学できる範囲で1番偏差値が近い共学だと渋渋ということになりますが、塾の先生に今から渋渋第一志望ではこれからのモチベーションに繋がらない、もっと上を目指すべきだと言われてしまいました。
確かに、もう少し上のレベルも狙える偏差値なのに、あえて渋渋しか受験しないというのは、なんだか勿体無いような気もします。
息子は渋渋は見学したことがあり気に入っております。
息子に聞くと、男子校か共学はどっちでも良い、そこにこだわりは全く無い。と言っておりますが、中学の間は男子だけで楽しくても、高校生くらいになるとやはり女子がいない寂しさで辛くなり、二次元に走ったり、共学が良かったと後悔するのかな…と不安に思います。
(息子はスポーツは苦手な方で、性格はおとなしく草食系です。他校の女子をナンパできるタイプではありません。)
そこで質問です。御三家レベルの男子校に行かれた方、6年間男子校で後悔していないでしょうか。トップ男子校に行くメリットは何でしょうか。
また、偏差値ギリギリの学校に入学した場合と、持ち偏差値より下の学校に入学した場合、学校のレベルによって本人の出口の大学進学先のレベルも変わってくるのでしょうか。
アドバイスよろしくお願いいたします。
聞いたことのある学校名が出てきたので、うっかり出てきてしまいました。
愚息は理科ヲタなので、就学前からあちこちのラボにお邪魔しているのですが・・・分野によって、女子が非常に少ない講座があります。
女子の少ない講座のひとつに参加していたお嬢様がたまたま豊島岡と洗足でした。
お母様にしてもお嬢様にしても、見た目も話した印象も全く違うタイプだとは思いましたが・・・そういった場での話題は主に実験や研究に関する事になりますので、お通いの学校とはあまり関係なく盛り上がる傾向があります。個人的にはどちらの学校にも好印象があります。
何でもデータ出す学校って、レベル低そうで嫌いだな。
神戸女学院みたいに、中高は大学進学のためのものじゃないから、と大学合格実績を出さない。
桜蔭みたいに、合格最低点も合格者平均点も公開しない。
そういう方が恰好いい。
共学校で男女別進学実績を出さないのは、男女で別扱いはしていません、というポリシーなんだろ。共学伝統校は大体そうしてる。してないのは新興の小石川と開智くらい。
データ出さないと学校の良さが理解できないようなレベルの低い親は放っておいたらどうかな?
Fさんは、女子は男子と一緒だと学力が伸びない、というなら、なんで東大合格実績なんかにこだわるんだろ。
女子は東大行ったって学力伸びないんだから、お茶の水でノーベル賞目指せばいいじゃん。
その方が論理一貫するよww
2018年首都圏進学校の東大同等レベル大学・学部への合格率
このスレの数字で、渋渋女子が豊島並みなら渋渋男子は浅野並みと分析しました。
女子と男子を分けないことで相対的に男子が悪く見えるのだから隠すことが得とも言えません。
公立高校だって、男女別の大学進学実績なんて出さないよ。
国立も出してない。男女で区別すること自体が不平等というポリシーがあるんだと思うよ。
別に不利だから出さないとか、勘繰りすぎ。小石川や開智は新興だから、何でも公開してるんだろうけど、何でも公開する学校って、学校の「格」としてどうかな、と思う。
自分の考えを主張したい人が、その主張を裏付ける目的に適した手法やデータを用いるのは、よくある一般的なやり方であり、恣意的でも何でもありません。
Fさんの比較も単にそれぞれの特徴を対比して、それによる考察を述べているに過ぎず、一般的な方法です。
しかし、どうだろうさんの引用したデータは、基準の異なるものを換算もなくそのまま同じ表に載せて示すという、恣意的というより明らかに作為的な問題点があります。
さらにそのデータの意味や問題点を全く理解できず、自ら試算もしなかったどうだろうさんはこの種のデータの取り扱いをもっと勉強するべきと思います。
正直、「時間があれば私もできた、時間がないからできなかった」というのは、たいへん甘い考え方で、自身の考えやデータを相手に理解してもらうことに誠実であろうとする人なら、時間があるなしに関わらず、全力で計算し、相手に示すものだからです。
それがデータを扱う人の矜持だと思います。






























