女子美の中高大連携授業
辺野古沖で抗議船2隻が転覆 平和学習の同志社国際高校の生徒乗船
第11管区海上保安本部によると16日午前10時10分ごろ、沖縄県名護市辺野古沖で、辺野古の新基地建設に抗議する市民が乗る船「平和丸」と「不屈」が転覆した。
(沖縄タイムスより)
波浪注意報が出ているのに出航したようです。
17日には記者会見があるようです。
皆で議論しましょう。
小池晃氏の言葉は正しい。
乗組員は共産党員ではない。
ここからはedu掲示板から引用
【5013862】 投稿者: 反政府勢力の方が怖い (ID:RSELzKURiAw)
投稿日時:2018年 06月 03日 14:16
森友学園の工事を担当し、関西生コンから送り込まれたアルバイト作業員も
雇った社長も自殺していることが偶然すぎて怖い
そして 籠池の奥さんが「作業員は辻元清美が送り込んだ。」というメールも
マスコミは黙って地上波で報道しなかった
それに従う辻元清美の勢力図が怖い
もうこれ以上関係者から4にんを出して真相不明にするのは止めてもらいたいものだ。
1995年2月1日に阪神大震災の救援活動を巡り、日本基督教団(教団)の牧師が関西学院の災害対策本部会議でナイフを取り出し、対立した事件(ナイフ事件)がありました。
当時、救援活動の進め方を巡って学院と教団関係者の間で激しい議論があり、現場での抗議行動が騒動となりました。
阪神・淡路大震災後の救援住宅問題において、教団側(桑原、菅澤牧師ら)が関西学院へアプローチ。
同日18時過ぎ、西宮公同教会にいた宮田院長が面会を拒否したにも関わらず、教団関係者ら20数人が同窓記念会館の会議室に押しかけた。
菅澤牧師が会議中にナイフを取り出し、対立が決定的になった。この行為を受け、関西学院側は公式文書で経過を報告し、同事件は「ナイフ事件」としてWeblio辞書などで解説されています。
この件は、当時の宗教法人と現場活動との緊迫した関係を示す歴史的なエピソードとして言及されることがあります。
牧師だからって崇めるのも、たいがいにしてほしい案件です。
2021年4月に名護市辺野古沖でカヌーに乗って新基地建設に抗議していた際、海上保安庁のゴムボートに衝突され頸(けい)椎(つい)などを負傷したとして、名護市の男性(82)が国に約280万円の支払いを求めた国家賠償請求訴訟の控訴審判決が10日、福岡高裁那覇支部(菊地浩明裁判長)であり、男性の控訴を棄却した。
「辺野古ぶるー」の担当者の男性が4日までに沖縄八重山日報の電話取材に応じた。
辺野古での海上抗議は事故を受け中断している。
今後の活動については「海上保安庁と相談して、安全対策を行った上で僕たちのルールを作っていく」と話し、海上での抗議を続ける意向を示した。
海保と相談して?
公明党さんの海保となら相談できたルートがあったのかね?
何度も転覆してけが人まで出して賠償金を求めたりして、それでも海保と相談しながら活動は続けるつもりらしい。
旧暦2月(新暦3月〜4月頃)の沖縄
穏やかな晴天から一転、強い北風と高波に襲われる気象現象「ニンガチカジマーイ(二月風廻り)」
東シナ海で急速に発達する低気圧が原因で、漁師や海人が「台風並み」に警戒する海難事故の多い危険な時期
ポカポカ陽気から急に北風に変わり、海上が大時化(おおしけ)になります。
旧暦の2月(新暦では3月中旬頃が多い)。
磯遊び、シュノーケリング、小型ボートの転覆・座礁事故が過去に多数発生
対策: 3月の沖縄のレジャーは、事前に必ず気象庁や海の安全情報などで最新情報を確認し、無理な行動は避けてください。沖縄では「春の天気は変わりやすい」の代名詞として恐れられ、注意が必要な期間です。
海保の指導は無視して抗議活動を続けていた人たちが、多くの生徒を乗せても自分たちの同士だと勘違いしていたかもしれない。
生徒はサンゴ礁をみたいだけで、政治的イデオロギーなんてないし、まさか海保の注意を振り切ってまで海洋に出るなんて思わなかった。
これは天災じゃなくて、あきらかに人災
なぜ生きている船長の名前は主要メディアは伏せられているのか?
活動家のバックには優秀な弁護士がついているからだろうね
辺野古基金は8億以上
しっかり守ってもらえそうだね
非暴力で新基地建設に抵抗
名護「ヘリ基地反対協」 韓国の「正義平和賞」受賞
安次富代表「沖縄のたたかい評価うれしい」
沖縄県名護市の「ヘリ基地反対協議会」に対し、世界の正義と平和、人権のために活動する個人や団体に贈られる韓国の池学淳(チ・ハクスン)正義平和賞の受賞が決まり、22日に同市辺野古の新基地建設の現場近くのテント村で授賞式が行われました。
韓国から訪れた同基金のビョン・ヨンシク審査委員長は、「沖縄のヘリ基地反対協議会は、過去20年を超えて、新基地建設反対運動を非暴力の抵抗で展開してきました。沖縄の土地と海と平和を守るたたかいに献身していることに敬意と感謝をささげます」と話しました。
チェ・キシク副理事長は「沖縄の住民と活動家の皆さんが一つの心でたたかっていることを知り、その勇気と熱意、そして正義あふれる歩みに連帯を誓います」とキム・ビョンサン理事長からのメッセージを伝えました。
賞杯とメダルを受け取ったヘリ基地反対協の安次富(あしとみ)浩共同代表は、「国際社会に沖縄のたたかいが評価され喜んでいます。私たちは韓国の民主主義を守るエネルギーを辺野古のたたかいにいかしていき、韓国の皆さんと連帯していきたいと思います。それぞれの国に存在する米軍基地を私たち民衆の力で追い出しましょう」と話しました。
ゲート前の座り込みに来ていた女性(65)は「国境も宗教も関係なく、『基地は反対』の気持ちは一緒です」と話しました。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
池学淳
池学淳(ち がくじゅん、チ・ハクスン、朝: 지학순、1921年9月9日 - 1993年3月12日)は、大韓民国のカトリック司教である。本貫は忠州池氏。洗礼名はダニエルである。
生涯
1921年に日本統治時代の朝鮮の平安南道中和郡で生まれ、ミッションスクールであるソウルの東星高等学校に通った。その後、咸鏡南道徳源(トグォン)にある徳源神学校に通った。南北分断後は、38度線を越えてソウルの聖神大学(今のカトリック大学校)を卒業し、朝鮮戦争中の1951年にカトリック教会で司祭に叙階された。
以後、釜山、清州などで主任司祭を務め、さらにローマのウルバノ大学に留学して教会法の博士学位を取得した。そして1965年に司教聖別を受けて、その年に新設されたカトリック原州教区の初代教区長になった。
カトリック司教として奉職する間に民主化運動を率い、1970年に原州文化放送を設立するのに先立ち、金芝河等の意識ある青年たちを支援した。
1974年にいわゆる民青学連事件に関わって、監獄の苦しみを体験したが、これを契機に天主教正義具現全国司祭団がスタートした。226日間監獄の苦しみを体験して釈放された後にも、韓国民主化の主として多くの人々に影響を及ぼした。
1985年の南北離散家族対面の時は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を訪問して妹に会った。この時妹に繰り返し信仰の話をしたところ、妹は「天国を信じるなんて!」と拒絶反応を示し、それに驚いて「お前はすっかりアカの連中に洗脳されてしまった!」と嘆いたという。また、朝鮮戦争による南北分断後40年ぶりに、北朝鮮で韓国人カトリック聖職者としては初めてミサを奉げた。
1993年3月12日、持病の糖尿病が悪化して亡くなり、亡骸は堤川のペロン聖地聖職者墓地に葬られた。死後、彼の意に従う人々が財団法人チ・ハクスン正義平和基金を設立し、チ・ハクスン正義平和賞を制定した。




































