在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
辺野古沖で抗議船2隻が転覆 平和学習の同志社国際高校の生徒乗船
第11管区海上保安本部によると16日午前10時10分ごろ、沖縄県名護市辺野古沖で、辺野古の新基地建設に抗議する市民が乗る船「平和丸」と「不屈」が転覆した。
(沖縄タイムスより)
波浪注意報が出ているのに出航したようです。
17日には記者会見があるようです。
皆で議論しましょう。
亡くなった女子高校生が乗船していた平和丸の男性船長は、「『不屈』が転覆したので、冷静になれなかった。助けに向かったが、途中で転覆した」
「(不屈が転覆して)気が動転した。(不屈の生徒たちを)助けることを優先するか、平和丸の生徒の避難を優先するか、葛藤はあった」と話した。
不屈は6人定員の船に9人
平和丸は10人定員の船に12人
普段から敵対視している海保に救助を任せていたら、女子高生は亡くならなかったかもしれない・・・
>別に、広島、長崎、沖縄に修学旅行に行くことに問題はないと思うよ。
行って何を教えるのかが問題。
同じ広島、長崎、沖縄に修学旅行に行ったとしても、そこで「広島長崎に原爆が落ちて20万人以上亡くなったのは、悪い日本が戦争を起こしたから」と教えるのと、「資源を止められて仕方なく日本は戦争を起こしたが、米国は罪のない無抵抗の日本の市民を原爆や空襲で80万人殺戮した。これは戦争犯罪である。」と教えるのでは、全く意味が異なる。
その米国と安全保障条約を結んで平和を保っているのも確かで、また相互確証破壊が成り立って長崎以降に核戦争が起きていないのも事実。単純なお花畑の非戦論ではなく多角的な見方を教えるべき。しかし、広島、長崎、沖縄をわざわざ修学旅行先に選ぶ学校の多くが、「戦争を起こした日本が悪い」「憲法九条を守りましょう」的な、一方的な考え方を生徒に押し付けているのが実情ではありませんか。
ハル・ノート(Hull Note)は、1941年11月26日にアメリカのハル国務長官が日本に提示した、日米交渉の最終的な提案(覚書)だ。
主な要求内容:
中国及びインドシナからの日本軍の全面撤兵
日独伊三国同盟の破棄
満州国(汪兆銘政権)の否認
対日開戦を誘導しようとしたソ連の工作が影響していたという説も
日米開戦の決定的な要因とされるハル・ノートの作成過程には、ソ連のスパイが深く関与していたとする指摘や研究があります。
ハリー・ホワイト:ハル・ノートの原案作成に関わったアメリカ財務省の職員(後に次官補)。
戦後、ソ連の諜報員(GRUやNKGBのエージェント)であったことが複数の資料(ヴェノナ文書など)から強く示唆されており、当時の司法長官も公の場で彼をスパイと名指ししています。
ソ連は日米の対立を望み、工作員(ラティモアやカリーら)を通じて、日米交渉が妥結しないようルーズベルト政権に働きかけています。
ハル国務長官個人ではなく、彼が主宰した国務省や政権内部にソ連のスパイが存在し、その工作が歴史的な決定(日米開戦)に影響を与えたと考えられています。
ロークリン・カリー (Lauchlin Currie):
第二次世界大戦中のフランクリン・ルーズベルト米政権で大統領補佐官を務めた人物です。戦後、「ヴェノナ文書」と呼ばれるソ連の暗号解読記録により、ソ連のスパイであったことが明らかになっています。彼は、ハリー・ホワイト(財務次官補)らと共に、日米開戦前の外交交渉(ハル・ノートなど)や戦時中の対日政策に影響を与えたと指摘されています。
工作員の名前
オーウェン・ラティモアは、1950年代にアメリカで巻き起こった「赤狩り」(マッカーシズム)旋風の中で、「ソ連のスパイ」「共産党のシンパ」として告発された人物です。
>しかし、広島、長崎、沖縄をわざわざ
>修学旅行先に選ぶ学校の多くが、
>「戦争を起こした日本が悪い」「憲法
>九条を守りましょう」的な、一方的な
>考え方を生徒に押し付けているのが
>実情ではありませんか。
そうなの?教科書を軸に考えれば、そんな思想へ誘導しているという主張は妄想なのでは?
そもそも「戦争を起こした日本が悪い」「憲法九条を守りましょう」って一般的な考え方なの?それが本当なら、今回の国政選挙で護憲派が大敗したのなぜ?
ちょっと、偏った思想ではないかな?
まぁ 認めないと思うけど…
かつて日本共産党の山口富男衆院議員と、同志社大学社会学部の浅野健一教授が、同志社大学(京田辺市)で講演をしました。
戦争のない世界をめざし憲法九条を広めようと、参加した新入生らに熱く訴えました。
「第九条を第一条にすべきだ」と切り出した浅野氏は、天皇の元首化など自民党がねらう改憲内容を批判しました。
また山口議員は「軍隊であり段階的に解消をめざす」とし、軍隊が国を守るよりも他国に攻めている実態を指摘しています。
そして浅野氏は「アメリカと一体になっているから攻められる危険ができる」と述べ、軍隊をなくし脅威を与えないことが、戦争をなくすことに結びつくと強調したのです。
山口富男
やまぐち とみお
生年月日 1954年1月29日(72歳)
出生地 静岡県
出身校 同志社大学文学部




































