アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
弱点様
>しつけやルールの受け入れという意味で話される場合と
自ら選択するという意味で話される場合があるような気がするのですが、
二つは一緒のものではないと思うのです。
スミマセン、私がヘンですね。
「我慢して受け入れる」って相反することを述べてます。
「我慢して受け入れている(従っている)場合は他律」じゃなくて
「我慢しているなら他律」です。「受け入れる」は自律的行動でした。
混乱させてすみませんでした。
我慢=ストレスを受けて従っている状況です。ストレスは蓄積できないので代替欲求で打ち消す必要があります。
「自律的我慢」もあるのでは、という問いでしたら、それもあると思います。
というのも人は、完全に自律しているかしていないか、二者にわけられるわけもなく、混在しているのが常だと思います。
>足りないのはほんのちょっとの勇気と自己主張だから、麻痺しなければ、いつか解き放たれます。
こういう状態の方が、一般的なのかもしれません。
ちょっと分かりやすいようにはっきりと述べ過ぎているかもしれません。
>これは自らの選択という意味で捉えて書きましたが、
信頼感さんはしつけやルールの受け入れという意味で話されていますか?
躾けやルールとは、父性です。受け入れるには母性が必要です。
ネグレクトされた子供がコンビニの前でタバコを吸っていてそれを正義感から注意しても(父性の行使)母性不足による信頼感の未発達から、扁桃体が恐怖を感じて逆切れされてしまうわけです。そうなると単なる動物と化している状態でしょう。
母性によって信頼感を獲得し、人を信頼し自分を信頼し、他者からの父性を受け入れるという流れがあります。自らを信頼できるので自分の判断にも確信が持てるようになります。これが自律だと思っています。自律する過程で理不尽な我慢を強いられると自律出来ないという意味で述べました。
質問の応えになっていると良いのですが・・・違っていたらスミマセン。
老眼様
お気づかいいただき感謝です。
私・・・ユングは青年期までしかついて行けません。「性」が絡むとサッパリです。
逆にいろいろ教えていただきたいです。地域、時代様のご紹介いただいたコロンビア白熱教室も面白そうですね。再放送は見逃さないようにします。
無常感さん
この問題については、私ももう触れたくないので最後のレスになると思います。
【2443798】を読み思ったことは、私があのスレで感じたものとは違うということです。
(【2443798】のとおりだと無常感さんがおっしゃるならそれはそれで構いませんが、私は違います。)
あのスレの問題は、テーマの内容ではありません。
スレ主である無常感さんの対応がすべてです。
誹謗中傷が激しい関西弁の人が、反論する人に書き込む気が失せるようなことを書き、
無常感さんはそういう状態を受け入れていました。
真面目に、普通に反論していた方もいたのに、関西弁の人のひどい言葉のほうを無常感さんは「その通りです」などと肯定し、
それを抑えようともしなかったということ、これがすべてだと思います。
スレ主さんと反論している人どちらが正しいか以前に、そういう対応自体もう見ていられなかったし、
スレ主さんにまったく共感することができませんでした。
あのスレを読んだ人たちがここに複数いて実際を知っているのに、
【2443798】のようなピントがずれた書き方をされるということは、
無常感さんご自身がああいった対応を問題視していないということでしょう。
つまり、コミュニケーションの仕方、方向性が根本的に違っているのではないかと。
夫婦でも、友達でもそうですが、根本に同じ価値観があれば、けんかしても意見が違っても、
話し合いまた理解しあうことができます。
根本が違っているといつまでも平行線。
そういうことだと思います。
平行線であるならば、もはやどちらがいいか悪いかという話をしても結論が出ないでしょう。
>誹謗中傷が激しい関西弁の人が、反論する人に書き込む気が失せるようなことを書き、
無常感さんはそういう状態を受け入れていました。
真面目に、普通に反論していた方もいたのに、関西弁の人のひどい言葉のほうを無常感さんは「その通りです」などと肯定し、
関西弁のその方に登場していただければもっと明確にわかるんですけどね。
もう一度、関西版に戻って呼びかけでもしてみるとか?
そしたら具体的に疑問もほどけるかもですね。
無常感さん
質問というより、
息子さんの 高校入学合格 おめでとうございます☆ ☆ を言いたかったのですね。
老眼さん
>困難さが大きいほど生じる価値も大きい、
>価値が大きければ時間をかける意義も大きい(あるいは、要する時間も長い)
なるほど。そうですね。
私、ここを縮図のように思っていたんだと思います。
いろいろな考えがあって軋轢もあるけれども、たった一つだけ接点があります。
子どもたちの未来をよりよくしたいという気持ち。
そのために誰もが少しだけ譲歩していただけたらと願っていました。
暗号のように老眼さんに語りかけていました。ごめんなさい。
気づいていらっしゃったような気がしています。
ありがとうございました。
肝心の日本丸は、しっかりまとまるよう注視していきたいです。
さくらさん
私もエデュのルールなんて気にしたことがありませんでした。
何がどうなると考え方や感じ方が似るんでしょうか。不思議です。
実は、例のA君B君C君の娘の答えも、さくらさんのお子さんに似ていました。
ただ、B君が「普通じゃん」でしたが…。
自学自習もままならないくせに、図々しいったらありゃしない。(笑)
信頼感さん
ご説明ありがとうございました。
「信頼感の母性」「ルールの父性」「その後の自律(選択)」と、やはり別々なのですね。
で、またコロンビア白熱教室に戻るのですが、
>「母親の選択に従う」←これは、同じ母性を与えてくれた母親ではありますが
>「従わせる」わけですので父性になります。
>つまり、「十分な母性」→「母の父性」を受け入れた・・・ということです。
>ただし十分な母性以上の父性を母親が選択したら、「従わない」可能性大です。
>大きな母性で育まれたら大きな父性を受け入れる可能性大ということです。
大きな母性で育まれたら、大きな父性を受け入れる(従わせることができる)と
読めたのですが、コロンビアの事例で母親の選択に従うほうが好成績という
この状態は好ましいものなのでしょうか?
と、お聞きしたかったのですが、もしもご迷惑でしたらスルーで結構です。





























