アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
面白い考えですねさん
>海外逃亡は、自分には厳しいです。日本人しか愛せない(笑)。
私の場合行ったら行ったでなんとかなるだろう
と思って留学してなんともならないというか
帰ってうどん食べたいなどと(本場の)邪念が湧きました。
医療についても、他国って風邪で普通病院に行かなかったりするんですね。
インフルエンザでも寝て治すとか(オーストラリア情報)
秋入学に疑問ありなんですね。
同じです。
海外留学生のために変えたんですか?
とそこのところが私は引っかかるのですね。
視点さん
仕事中にこのスレをチラ見して、視点さんがお答えくださっているのを発見、
レスできないもどかしさで長い1日でした。
こんな遅い時間になってしまい、申しわけありませんm(_ _)m
やはりそうですよね。
視点さんは何かキーとなる言葉に反射的に書かれることが
多いようにお見受けしていましたので、視点さんご自身の言葉で
一つ一つお聞きできてよかったです。
>「誰かの役に立つ」、「社会のためになる」、そういうことが社会的に
>価値を生み出すということです。
視点さんが書かれたこのフレーズが、私の中でストンと落ちた気がします。
これは社会的価値かもしれませんが、人として生きていく中で大切な部分だ
と思います。
そう考えますと、社会に出るもっと前であっても、社会的価値はあるのでは
ないでしょうか? 評価はとても低いでしょうけれど。
例えば「誰か」が2人でもよければ、子供たちは私たち両親の生きる糧になって
くれている部分で、社会的価値が生じるというのは詭弁でしょうか?
(これは主観的価値でしょうか?)
そして、例えば子供が悲しい時にそっと寄り添って励ましてくれる友だちは、
子供にとってはかけがえのない存在だろうと。
こちらの板にいらっしゃる方々は、皆さん博識で社会的地位もおありになって、
雲の上の存在のように感じていました。(もちろん知らない世界のお話もたくさん
お聞きできて楽しく拝見していました)
そのベースになる「価値観」といいますか、それは一体何なのだろうかとずっと
気になっていました。特に視点さんのお考えは、私自身とちらほら重なるところ
がありまして(私はアンチ巨人・大鵬・玉子焼き派です(笑))、こんな不躾な
質問をしてしまいました。稚拙な質問にお答えいただいてありがとうございました。
私は前にちらっと投稿させていただいた時にも言いましたが、バリバリの公立派です。
既に進んでいるレスの中に出てきていますが、「泥船の公立」を懸念しております。
といいますか、別スレで内申についてのスレが立っていますが、まさに今闘っている
ところです(笑)
私自身雑草的に生きてきましたので、子供たちにも沈む船から脱出する力をつけて
やりたいと常々思っております。ただ、環境確保のために清水から飛び降りて私立も
ありだと思っています。経済的にはもちろん積極的ではありませんが。
富裕層の方たちが幼稚園に入る前から教育費をかけて、最難関私立→鉄緑に通われること
には何ら関心はありませんが(これに関心がない時点でこの板には来る権利がないと
思っていました、実は)、上位5%でなく、その他95%の子供たちのために今何が必要
なのか、何ができるのか、私自身はどう導いていけばいいのか。
皆様のいろんなお話を伺いながら模索していきたいと思っております。
弱点さま
ちょっとだけ勇気が必要でしたが(笑)、弱点さんにそんなふうに言っていただいて
もったいないです。これからもいろいろご教示くださいませ。
平日は忙しくて、なかなかレスが出来ないですが、昨日いただいたコメントから・・
さくらさん
私学は排他性がある・・これは独立独歩と表裏なんですね・・極論すると、どんな生徒の入学を許可して、どんな教育をしょうが、勝手なんですよ。私はネガティブに言っていませんよ・・私教育なんだから、それでいいじゃないか、と肯定しています。
別スレに行かれた方々は、多分、そういう志向の方が多いはずです。たから話題が受験ネタに偏る傾向があります。
別に、それで一向に構わないのですが・・私学は公共性があるから、私学助成は当然だ・・こんなことを主張したらおかしいですよ。
私学であることの、メリットとデメリット・・これは両方享受しなければならない。
私学助成付き私学・・いいところどり、です。
実は、いいところどり・・ではなくて、大事なものを失っているのですけどね。
弱点さん
国家意識を希薄にさせたのは、戦後のアメリカの戦略だったと思うのですね。日本人の精神性を骨抜きにした。
国民が国家観を持たなければ、国力が弱って当然か・・と。
戦後の高度経済成長を支えたのは、国家観・・潜在的なアメリカへの憎悪ですよ。
日本経済が凋落したのは、社会の主流が「団塊の世代」に変わってからです。
アメリカだって、国民に国家意識をもたせるために教育をするわけで、日本の教育はどこかヘンだと思います。
おはようございます。
三馬力さん
私は、私学と公立と両方経験していますが、
公立の教育をなんとしても改善するべきだと思います。
(というのは、私学は、自分で選択して進学しますし、
校風とか、指針とかは校長先生や伝統にのっとっているのですよね。)
公立は、中学受験しない圧倒的な数の子供達が学ぶところです。
是非引き続き三馬力さんのペースでコメントしてくださいね。
今日の朝のNHKを見ていたら
東京大学は、世界ランキングが落ちてきたということを意識しているみたいですね。
で、優秀なインドからの留学生を呼び込もうとしている。
でも、インド自身は知っているんですね。
自国の教育に力を入れているからこそ結果的に優秀な人材がいるのでは
ないでしょうか。
単なる人口比であるだけとも言えない思うのですね。
ただ、聞くところによると教育費にお金をかけているようですね。
まず、自国の教育をしっかりより改善して欲しいです。
公立高校の特別選考枠(内申をみずにテストの点で上位から合格させる制度)
は、別の板でもいわれていますがまず2割に増やして欲しいところです。
逆に廃止する意向のあるところ(自校作成校で)があるらしく
それはどのような判断からきているのかなと考えたりします。
石原都知事にメールをなんてアドバイスありましたね。
皆様、おはようございます。
アメリカなんて全世界でTOEFLやGREを実施して、世界中から優秀な学生を吸い上げますよね。それで、下層民は定期的に戦争で消費する。費用は属国に出させる。
これに対抗するにはどうするか。国家の基本戦略の確立と人材の適所配置が大事ですが、それができてない。
教育は国家の基本なのに、それが変な教育委員長、官僚にめちゃくちゃにされました。
左翼系も、木を見て森を見ずみたいな言動をくり返すだけ。
私学に人々が逃げていくのも、理由があるわけです。そこを解決しないと、二極化、格差拡大は止まらないでしょう。
>そう考えますと、社会に出るもっと前であっても、社会的価値はあるのではないでしょうか? 評価はとても低いでしょうけれど。
>例えば「誰か」が2人でもよければ、子供たちは私たち両親の生きる糧になってくれている部分で、社会的価値が生じるというのは詭弁でしょうか?
(これは主観的価値でしょうか?)
>そして、例えば子供が悲しい時にそっと寄り添って励ましてくれる友だちは、子供にとってはかけがえのない存在だろうと。
イメージとしては、主観的価値とは、特定の集団の中での閉じられた価値。
その集団とは、「家族」であったり「部活」であったり。
例えば部活で活躍してチームに貢献する。
それはチームにとっては大きな価値ですね。
しかし「チーム」やその周囲のグループという閉じられた中での価値。
社会的価値とは、そのような閉じられた関係の外での価値ということでしょうか。
そして、閉じられる社会で「仲間のために役に立つ」「チームのために役に立つ」という経験は、将来社会にでたときに社会的価値を生み出すことにつながります。
結局は、主観的価値か社会的価値かは言葉の問題ですが、対価(給料や代金といったもの)が発生するかどうかという意味で、区別する意味はあると思います。
主観的価値の方が下という意味ではありません。





























