充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
意見?ある特定団体の実名をあげて、フライング、ドーピングと叩きまくるのが意見?名誉毀損及び営業妨害でしょ。学校別の保護者同士のスレまでわざわざ覗きに行って、その内容を全国版であげつらう。中学受験情報の板で、塾や中受を呪文のように繰り返し否定する。これらが意見?よそでやったら。これは意見じゃなくいやがらせでしょ。
自分と違う意見にはレスせず無視する。黙殺する。
ずっとこのスレを拝見していますが、「特定の人や意見を排除している」のは、このスレに長くいらっしゃる方々のほうでしょう。
エンドレステープのように同じことを繰り返しつぶやき続ける人、現実を無視した空論を語り、他人の意見に耳を貸そうとしない人。
良いこと言ってるな、という人たちはみんな引っ越してしまいました。
もうここは拝聴すべき意見はないと感じます。
残念なことですが。
>小学校低学年からの通塾や私立行きながらの通塾で鍛えられた学生ではなく、部活等の活動もしながら、合理的な勉強をしてきた優秀な素材が選抜されるような入試についてアイデアがありますか? そういう問題が作れるなら、東大も京大も採用すると思いますよ。(視点さん)
問われるのは実力であって学歴ではなく(ここ仮定)、
専門的学びを大学以外でもできるなら(ここも仮定)、
その実力と努力の証となる国家資格を充実すれば(ここも仮定)、
大学要ります?
学歴作りのための大学ではないし(仮定と事実)、
学生教育のためだけの大学でもないし(事実)、
国家資格収得条件に大卒という場合もあるし(事実)、
大学は要りますね、やはり。
要るか/要らないか、
進学する側/許可する側、
その間の微妙な違いにも矛盾を与えない方法は、
別枠、つまり、根本的さん御推薦の一芸入試なんでしょうね。
いかがでしょう。
>「このグループも古くなったし新しいグループをつくろーぜ。1つだけルールがあるんだ。名前にMがつく人は入ったらだめ。」
>「M君を仲間はずれにしたらダメでしょう」
ほら、これが、自分が都合よく利用できる引用と勝手な解釈。
出て行った人たちが悪者たちだ、と言いたいがための。
まともに読めば、古くなったから、出て行ったわけではない、とどまろうと思ったのに、仕方なく出て行かざるを得なくなった。
人をないがしろにしたり無視したりする人、攻撃する人がいる所にとどまることが出来なかった、ということでしょ。
住まいにこんな人がいて、ず~っと変わらないんだから、ROMさえ苦痛でしょ。
指摘する人もここにはいないみたいですけどね。
視点様
「いじめ」と「悪」とは、違う と思いますよ。
(加害者側の心理状態の比較で、違う、という意味です)
「悪」は強固なナルシズムがなせる業だから、自己像を脅かす
相手に対して、強い破壊衝動がある。相手の人格を破壊することが
「悪」の望み。
だから、適性さんのとった行動は、正しかった、と思いますよ。
・・・でも、このように言えるのは、自分が教育者ではないから、
かもしれませんね。
もし、教育者の立場で、実際の現場で、対面することとなったら、
自分なら、どうするのだろう、と思いますね。
<視点さん wrote:>
こちらのスレはご覧になっていないということでしたが、考え方が気になりましたので。
小学生10人でグループをつくっていた。
A君「このグループも古くなったし新しいグループをつくろーぜ。1つだけルールがあるんだ。名前にMがつく人は入ったらだめ。」
そこでM君を除く9人が新しいグループに移った。
B君「M君を仲間はずれにしたらダメでしょう」
D君「仲間はずれにしてないよ。僕はこっちに引越しただけ」
ややこしや、ややこしや。
わたしがそなたで、そなたがわたし。
そも、わたしとは、なんぢゃいな。
おもてがござれば、うらがござる。
かげがござれば、ひかりがござる。
ややこしや、ややこしや。
誰もが自分の見方に自信満々だけれども、それは本当の本当に正しいの?
そんなに簡単に1人の人間がわかるもの?
自分が発した言葉は、そのまま自分に向けても十分通じる。
もちろんこれも。
最初の売り言葉は本当に売り言葉だったのか。
相手の意図を正しく読み取れなかっただけじゃないのか。
相手の真意を先入観なく敬意をはらって聞いてきたのか。
相手の質問に丁寧に答えてきたのか。
たとえ意図を説明しても信じない。信じる気はあるのか。
一体何を信じているのか。自分と共感できる見方だけなのか。
みんなが言い訳する。正当化する。
何を子どもに教えてきたのか。
振り返ってみたらいいんじゃないの?
文化庁長官だった三浦朱門さんが、「凡人はせめて実直の精神だけ養ってくれれば良い」と解説した公立切り捨て路線の延長に、今の中学受験があるのですね。
文部省(当時)自体が格差社会容認に向かった訳です。庶民も我先に私学へと向かったのですが、やがてそれは格差の拡大となって、全国民にしっぺ返しが来ます。
家が建つのも車や食品ができるのも、手を動かして働く人がいるからです。格差の拡大は社会からモラルを奪い、誰も安心できない社会が形成されます。
私学は一種の習熟度クラスみたいなものだから、と言って庶民も私学へと追いやる政策は、財政難の財務省の考えなのかもしれませんし、日本全体の教育レベルを落とすためのなんらかの意図があるのかもしれません。
昔の公立高校でもクラスの女子全員、ピアノがそこそこ弾けるといった状況でしたが、今は私学でもどうでしょうか。小学校高学年で、塾の為に習い事を辞めてしまうのは良く聞く話です。なじみの楽器屋さん、音楽講師の人も不景気な感じです。
狭い範囲の人間がハッピーなら良しとしていると、日本全体が衰退するかもしれません。





























