女子美の中高大連携授業
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
>フィクションでもノンでも私は気になりましたよ、かなり。 ここ数日の最大の関心事でした。
老眼さん、どうも。ご心配をおかけしました。
>今回は、お茶目な部分がとっても大きかった♪んですよ(笑)。
地域時代さん、いつもどうも。
楽しんでいただけたようで、安心しました。
それから、凡才さん。
言い過ぎました。すいません。
もちろん、フィクションですよね?あれ。
弱点さん
>少なくとも政権交代後、何もしませんでしたよ。どうにでも操ることができたでしょうに。 日本の借金がここまで急激に膨れ上がったスタート地点にもいたようですし、 あんなこともこんなことも、どれもこれもお金絡みで全く信頼できません。 日本と日本人を思って動いてきたとは、どうしても思えないのです。
まあ、たしかにそう思うこともあります。ただ、「お金絡み」は力のある政治家なら当たり前というか、必要悪かも知れませんね。
>こんなことをまんまと成し遂げた人ならば、馬鹿なやつ…で終わりじゃないですか? 今後の抑止力のための生け贄なら分かりますけど、 カンニングは悪いことと全く認識していない人がいるということですか?
いるでしょう、そりゃあ。「完全犯罪」を計画する人にとっては、おそらく、「実家の近所の人、同級生、予備校の仲間等々、知り合いの冷たい視線」、こういったこと、あるいはその他の道徳的な心情とでも言いますか、そういうものは既に心の中で計算済みというか、もう乗り越えられてしまっているような気がするんです。
ですから、世間の目、倫理、道徳、良心、そういったものはもう抑止にはならない。もう聞く耳はないというか。そんなものにほだされるようなタマではないというような。少なくとも、そういう人もいるでしょう。そして、大学側は、そういう人をこそ抑止できなければならないわけです。
ですから、問題は損得勘定です。たとえば、現役で京大は実力的に無理かな、でも一浪してでも京大に行きたい、という受験生。現役の今年は実力なら不合格確実、でも、カンニングをすれば合格する可能性が飛躍的に高まる。運良くバレずに合格すればしめたもの。運悪くバレて不合格でも一浪して来年受験が許されるならば、カンニングした方が得ってことになりませんか?だって、どうせ一浪は既定路線なんだから。そこで、一定期間の受験資格剥奪という措置が有効だと思うんですよ。
>母親と天国の父親にたいして申し訳ないという気持ち、それで彼の償いは充分じゃないですか。 計り知れないペナルティを負ったはずですよ。
それは道徳的問題。彼自身の心の中の問題。他人には、社会にも、関係がありません。関係がないからこそ、誰にも強要されない心の中の問題だからこそ、自立的な良心が負う個人的ペナルティということになりますね。でも、社会および他人に対するペナルティは、別途必要になるものと思われます。
このあたりがまさに熟考したいところですね。
ただし、制度としてではなく、個人的なこととしてですが。
↑
老眼様が、私の言いたい事を大変わかりやすく書いて下さりました。
そうなのです。
制度としてではなく、個人的に熟考していけば良いのでは?と思うのです。
じゃい子様のおっしゃるように、色んなやり方で。
判断さん
>経済的に苦しく、センター試験が思うような結果でなかったとしたら なぜそのときの持ち点相応の大学を受験しなかったのか、ということです。
>世間的な評価、ネームバリュー、偏差値の高さなどが先に立っていたのだとしたら それは極めて日本的な価値観だなあと思います。
同感です。ですから、私も「可哀想」になりました。
>日本、韓国、中国といったアジアでは、努力すれば能力を超越できるという考え方が主流、 努力してより上の大学へ…という(※)。
>それに対し欧米は個人の能力を伸ばすことが注目されます。
>欧米には、能力は神がそれぞれに与えた固有のものという価値観があり、決定的な宗教観の違いなのかもしれませんが。 そういった考え方が、社会が人材のどこに価値を見出すかということに 結びついているように思います。
私もそう思います。宗教観の違いからくる社会的価値観の違い。その通りだと思います。
そこで
>「日本は万能型に評価が偏っている。一芸型にも光を!」という意見
になるわけですよ。
>そのためには欧米型の能力重視の価値観を取り入れていく必要があるように思います。 でも、上記のような大学名による呪縛から解放されない限りそれはなかなか難しいのではないかと考えています。
という結論になりますね。
>(※)努力は能力を超越する…というのは、視点さんがよく主張されることですが
そうなんです。そこが視点さんと私の違うところでもあるんです。
>実はこの考え方が強すぎると、親が子を、能力以上の受験に かりたてる原動力になってしまうとも考えています。 カンニングに手を染めてしまった彼もこの考え方に絡めとられていたのかなあと…。
そうに違いありません。「犠牲者」としての一面もあるかと。
>数学がからっきしダメなくせに京大文学部を受けた目的は何だったのか?
>「文学部のくせに二次で数学なんか出しやがって、くだらねえ。おれはよそに行くぜ。」 ってタイプではなかったようです。
文系なら、そういう気持ちは皆あるんでしょうね。でも、この国では、大学の「ネームバリュー」が大きすぎるから、そういうタイプが少ないのでは?個人の責任だけではなく、社会の「監督責任」もあるのではないでしょうか?
根本的さんは
>「日本は万能型に評価が偏っている。一芸型にも光を!」
だけど・・
私は、別に、日本は、一芸型の「評価が低い」とも思えないんだけどね。
お金の面はしらないけど。
一芸で有名な人は、誰でも、尊敬、評価してるだろ。
それに、そういう人の評価は、今後上がることはあっても、下がることはない。
地域、時代さんの レス
>徹底的に日本文化を理解しようよ。
>してから、西洋文化に飛び込んでいこうよ。
>私達が欧米の貴族文化を語った所で、欧米人には相手にされません。
この、ローカリティーの部分において・・
グローバル「スタンダード」は 世界標準に「むりやり」合わせるということ。統一ルール。
でも、だれが考えても、「スタンダード」を握っている国が強い。
日本は、標準化に対する抵抗が少ないのか、どこの地方都市に行っても、同じ町並みにしてしまう。(笑)
標準化させない、もしくは、変えない。と流れを逆行させないと、大切なローカリティーが消えていきかねない。そちらの方が危惧されることだ。
日本は、より「日本化」させないといけない。オシムじゃないけど。
グローバル「スタンダード」から、「距離」があって、今は、「弱点」と思われている部分を、逆に「強化」する発想があってもいい。
私は欧米追随が、いいとは、思えない。
日本の大学に、日本の教育に、問題があることは、知っている。
だからといって、「欧米型に追随する」ことが、日本の、日本人にとって、ベストなのか?
分かりやすく、能力重視主義?一芸重視主義?かな。
真似したって、2番煎じにしかならず、いつまでも、システムを外国に教えて貰うしかない。
アメリカに「今までは、20点だが、35点ぐらいになったかな?」なんて言われるだろう。
留学生にしても、「日本でしか」学べないことがあるから、日本に来るのだろう。
ただ、日本人でも、徹底して、外国を知ることは必要だし、そういう人材も必要。
でも、それは、相手の懐に、入ることが、必要だから、日本ですることじゃない。
日本での、欧米型のグローバルスタンダードの推進(価値観も含め)は、冷めた目で見てしまう。
私は、中途半端な、グローバルスタンダードが、日本の「弱さ」を助長してるようにしか思えないとこがある。ローカリティーがなくなれば、日本の強さがなくなるよ。
その観点なしに、グローバルスタンダードと言ってもね。
グローバルスタンダードが、日本に、有利に「利用」できるのならいいけど。




































