アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
弱点さん
>ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム。
>これが本当に大きかったと思います。悲しいほどに。
それはたいしたことではない、とは言いませんよ。とくに、戦後しばらくの間はね。でも
>経団連も企業も一部政治家も一部官僚も、今でもお金儲けだけにいそしんでいるのでしょう。 根幹の自信を失ったまま、金の自信に固執し邁進している感じです。
こういうことは、「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」とはあまり関係がないと私は書いたんですよ。ですから、「野心だけじゃ駄目」かどうかはともかく、少なくとも現時点において悪いのは、アメリカというよりは日本人自身であるということでよろしいんですね?まづそこを「見詰めなければ無理じゃないかと思います」からね。戦後65年もたって「こんな私に誰がした」って言ってもね。通用しませんよ。
無常感さん
>ひとつは、前に書いた北海道大学のウェブサイトの見解ですね。
サイトは拝見しました。
「それでは前記の長い英文を書き加えたのが誰であったかということになると,今のところ全く不明である※」
の*は、欄外に
「※農科大学予科英語教師のローランド師による」
とありましたし、私には「日本人です」と断定できるものは一つも見当たらなかったのです。
で、プロテスタントの教えとはどういうものなのか、ちょっとネットをウロウロしてみました。
「信用・勤勉・質素・正直・倹約・忍耐・節制の生活がプロテスタントのあるべき姿であると説くのであるが、
自分への高度な抑制は、労働や日常生活に合理性を産み出した。
そして今の仕事は神から与えられた天職であり、その天職を真面目にかつ合理的に実行することが、
神の救済に選ばれ倫理観を形成した。
その倫理観に従い労働に励むこと、更に禁欲的つまり消費しないことは、あおのずと富をもたらし、
富を保つ事がプロテスタントの義務と化した。
もたらされた富は利潤追求でなく、天職をまっとうするために産業資本となり、西洋特有の資本主義へと発達した。
中国や古代社会での商取引は利潤追求を目的としていたが、
西洋では高度な倫理追求、人間資質の形成の結果、かつて例のない資本主義を産み出し、産業革命をもたらした。
しかし、この倫理観は型だけを残し、しだいに合理的で営利的な行動だけが促進された」
とありました。
>Be ambitious not for money ・・これって、なんだかおかしいわけです。
クラーク博士やローランド師のころは、すでに営利行動だけが促進されていたのかどうか分かりませんが、
教えの基本型は、Be ambitious not for moneyでおかしくないように思います。
プロテスタントの方がいらっしゃったら日頃の教えをお聞きしてみたいですね。
>「命を惜しまない」という武士一律の規範は無かったと思うのですよ。
>(勘違いでしたらお許しを)
私も武士道に詳しいわけではありません。
でも、武士は主君のためには命を惜しまなかったと思います。
そして、多くの兵隊さんも大切な人を守るために命を惜しまなかったのではないでしょうか。
今回の原発事故だって、命を惜しまず収束に駆けつけてくださった元技術者がいらっしゃいますよね。
本当に尊いことです。
根本的さん
>とくに、戦後しばらくの間はね。
そうですかね。身体的な痛みなら、解放されれば終わりでしょうけど。
私は今の自分の金儲け第一も全くの無関係ではないと思っています。
素直に忠実にまねただけかもしれませんし。
洗脳なんて、洗脳された側が愚かというのはそうなのでしょうし、
そこを責めるのは簡単だけど、洗脳した側が悪いんじゃないですか?
私には、悪いのは日本人とは言えません。
はねのける力なんてなかったと思うので。
相手のことを知ればいいだけで、文句を言う必要はないです。
言うことに意味はない。知ることが大事かなと思います。
地域、時代さま
なぜかこのサイトが表示できません。私のパソコンのせいかしら?
途中までのURLならちゃんと表示されるのですが…。
興味深いサイトですね。時間を見つけて読んでみます。
ありがとうございました。
根本的 さん
>「常なるものなど無いのだ」と否定して見せるそのこころは、そのような人間の欲望など自分は捨て去ることができる、そのような高みに自分は立っている、そんな自尊心の満悦のうちにあるのではないでしょうか。もしかしたら、そこをも乗り越えた境地が「空」なのか?
勉強になります・・そうですね、これが「仏教の無常」なんでしょうね。
人生の「苦」から脱却するために、その原因である煩悩を断たなければならない。
妻子を捨て、家を捨て、財産を捨て出家する、この「捨てる」行為によって、煩悩を断ち「仏」になることができる。
これが仏陀の世界・・とても厳しいですね、普通の生活は諦めなければならない。
あまりにも厳しいので、ご当地インドでは仏教は寂れてしまった。
これが、日本では色々な形に変容するわけですね・・とうとう他力本願、阿弥陀様におすがりして救われる という考えまで、でてきます。
>私の感覚では、欲しいものは欲しいと言った方が健全ではないか、と。
>別に無常感さんを批判しているのではありませんよ。仏教的なものに対して感じていたことです。
念のためですが、【2268637】で地域、時代 さんに説明しましたとおり、
仏教的な「無常観」ではなく、日本人的な美意識という意味で「無常感」というHNを使用しています。
私が「無常(空)」に関心をもつのは・・浮世のことは、浮世のこととして好きにやればいい・・信長の「敦盛の舞い」、そして、秀吉の「辞世の句」、いずれ、桜は散るわけですね・・そんな美的な感覚です。
それと、もうひとつ、哲学的な関心なんですね。
なんだか色々なものを見聞きしているうちに、「なんだ、全部がつながっているじゃないか!」と驚くことがありますよね。私にとっては、無常(空)が、そういうものなんですね。
無常(空)の観念が、欧米の思想・・、ソシュール言語学、構造と差異、意識と無意識、シェーンハイマーの生命観・・どんどんと繋がっていくんですね。
これに、養老猛氏の「唯脳論」・・構造と機能・・視覚と聴覚・・言葉
をふりかけると、頭のなかは壮大なオーケストラになります。
ただし、私の能力が追いついていないので、頭の中がぐちゃぐちゃなんですけどね(笑)
内田樹氏は、これを「アカデミック・ハイ」と表現してますが、「得だから勉強する」わけではなくて、自分の関心を追いかけていって、どんどんハマっていくわけですね、好きな世界に・・
これで飯が食えたら最高で・・そういった意味では、(生活が成り立っている)学者の世界が、とてもうらやましいですね。
未来さん
>無常について
>私にとって無常とは、わびさびの世界と結びついています。
>茶道、その静けさそして内観
>世間から隔離された場所で、到達するというような。
「わびさびの世界」 憧れますね。
まだ、現役労働世代なので、浮世のこと で精一杯で・・
引退してから、と ひそかに狙っております。
弱点さん
>私には「日本人です」と断定できるものは一つも見当たらなかったのです。
そうですね・・誰にとっても、断定できるものはどこにもありません。
状況証拠だけで、解釈するしかないですね。
私が、Be ambitious not for money ・・がおかしいと思う理由は、
こんな事をわざわざ書くのなら、じゃあなぜ 創造主(神)に言及しなかったのか? という疑問からなんですね。
事実、クラーク博士はキリスト教布教も熱心だったわけで、「金や名声のためではない」とわざわざ書くのなら、誤解が無いように、「神(創造主)の恩寵のために・・」などと書いたはずではないのか?・・ここで「創造主(神)」を記載しなかったのは、その文章を書いた人が、そういうセンスの無い日本人だったからではないか?・・という疑問です。
クラーク博士が来日し札幌農学校教頭になるのが1876年7月・・アメリカ独立宣言からちょうど100年。この宣言では、Creator ・・創造主(神)とはっきり書いていますね、アメリカ建国の精神には重要、不可欠なのものだったわけで、その息づかいが十分残っている100年後、クラーク博士は、アメリカからやって来たわけです。
日本とアメリカの政治的な関係は、不平等条約にもとづくものですので、クラーク博士が日本で創造主(神)を語るのに、何の制約も無かったはずです。
【ご参考】アメリカ独立宣言[抜粋] :1776年7月
We hold these Truths to be self-evident, that all Men are created equal,
that they are endowed by their Creator with certain unalienable Rights,
that among these are Life, Liberty, and the pursuit of Happiness
—-That to secure these Rights, Governments are instituted among Men,
deriving their just Powers from the Consent of the Governed,
我らは以下の諸事実を自明なものと見なす.すべての人間は平等につくられている.
創造主によって,生存,自由そして幸福の追求を含むある侵すべからざる権利を与えられている.
これらの権利を確実なものとするために,人は政府という機関をもつ.
その正当な権力は被統治者の同意に基づいている.
連投で、誠に申し訳ありません・・
せっかく、アメリカ独立宣言の話をしていい機会なので、ぜひ、わが国の憲法と見比べてください。
わが国の憲法も社会契約説の思想が反映していますが、完全に欠落しているものがありますね。
Creator ・・創造主(神) ですね。
日本国憲法で読んでも、じゃあ・・なぜ、国民に主権があるのか?
・・その理由がはっきりしません。
【ご参考】 日本国憲法[抜粋](前文)
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
>こんな事をわざわざ書くのなら、じゃあなぜ 創造主(神)に言及しなかったのか? という疑問からなんですね。
なるほど。そこが欠かせないわけですね。
私の疑問は、なぜわざわざ外国人になりすまして書かなきゃいけないの?です。
普通に日本人として日本語で発表したらいいと思うので。
神がいない疑問。
日本としてはキリスト教徒が増えてほしいわけでもないでしょうから、神はちゃっかりカットしたかもしれませんね。
なりすましが捨て身をカットするよりも精神的にも抵抗がなさそうです。
私自身はいい言葉はいい言葉なんだから、誰が書いてもいいのですが、
根拠もないのに負のイメージを負わされるのには抵抗を感じます。
長々とすみません。
>わが国の憲法も社会契約説の思想が反映していますが、完全に欠落しているものがありますね。
> Creator ・・創造主(神) ですね。
神を入れたらコミンテルンが結構いたらしいGHQが作成したことがバレちゃうから、さすがに無理でしょう。
キリスト教国家だと、法の正当性のために神の登場が必要なのですね。
神がこう言っているから駄目とか、懺悔したら許されるとか、非常に便利ですね。
日本だと畏怖の念は個人の心の内にあり、周りの人に迷惑をかけるとか、
神の役目は世間の目が果たしているのかもしれないですね。
これは実体のない神より、どよ~んと重たい。便利とは程遠い。
それでずっと規律が保ててきたところがあるのでしょうか。
無常感さんのお嫌いな部分でしたね。
神の社会、その便利さ気楽さがうらやましくもあり、怖くもあります。
実体がない神。一体誰が人の暴走を止めてくれるのかなと。































