アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
>養老さんは、
>人間は、変化し続ける
>しかし、情報は、固定しているって本に書いてますね。
天動説と地動説 との関係に似たようなものですが、
人間は、自分自身(地球)が変わらない(動かない)と思いこんでる。
変わる(動く)のは、外部のもの(太陽) だと・・
でも、本当は人間は絶えず変わっていっている、外部のもの(ここでは情報)
は変わらない。
全く同じものが視野に入っても、観測者の立ち位置が変化するから観測結果が動くわけですね。
「20歳の自分」と「50歳の自分」では別人なのだから、同じものが違うように見えて当然・・
もっと言えば、「今日の自分」と「昨日の自分」でさえ違いますね。
人類の「真理とは?」という考察は、情報として残っている。
この記録は永遠に変わらない・・そして、人間はこれを絶対的なものと勘違いする。
でも、自分は絶えず変わる・・無常 なのだから、人間にとって絶対的なものなどは無いと。
・・こういう事なんだろうと思います。
また、人間も 無常 だけど、(情報以外の)観察物も 無常 ですね。
一見、なんの関係も無いと思われる生物学の世界で、
シェーンハイマーが、同じ元素ではあるが少しだけ質量が異なる「アイソトープ」を含んだアミノ酸をネズミに食べさせる実験をした・・・
その結果は、3日の間にそれらのアミノ酸が体内に広がり、それらで構成される 新タンパク質 へと旧タンパク質を置き換えてしまった。
鴨長明の「方丈記」
行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、
かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。
・・よく似ていますよね。
カメラで川の光景を撮ります・・・当然ですが、写真には川が映っています。
じゃあ、その写真をもって、「川は有る」と言えるのか?
写真はというのは、その状態を固定化した「情報」でしかないわけですね。
実際の川は、絶えず 水が流れ込んで、流れ去って いくわけで、いつも 無常 であるわけです。
もし、水量が枯渇してしまえば「川は無し」となります・・写真をとっても、当然川は映りません。
この「有る」と「無し」の微妙なところ・・
個人的には、このヘンに「空(くう)」があるのではないかと思っています。
無常感様
昨日は、観とお名前を書いてしまい申し訳ありません。
易しく書いて下さったので、とてもわかりやすいです。本当にありがとうございます。
台風のため学校はお休み。
一生懸命作ったお弁当はちょこんとテーブルの上、、、無常っす、、。→昼に食べさせよぉっ!
養老さんの前に流行った「バカの壁」で書いてあったことかな。
確か、養老さんは、
「情報」は変わらない、「人間」が変化しつづけている。
「情報」のことを永遠に残ってしまう言葉と表現していたと思います。
しかし、本当ですかな?
今、我々が認識できている言葉が残っているだけで(せいぜい過去3000年位)、百万年後、言語は消滅しているかも知れない。テレパシーになっているかも知れない。人類が滅びれば、「情報」も無に帰す。
永遠に残る言葉なんてないでしょうに。
それにしても無常感さんは、博識だね。お行儀もよくなったみたいだし、引き続き有意義な発言を期待しています。
無常感さんの、ちょと前のコメント
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「無常観」ではなく、「無常感」と言葉を選んだのもそういう理由からです。
とても「無常観」を論じる能力など無く、難解であるがその憧れの気持ちが切れない・・
そういった意味で、NHに、日本的な美意識「無常感」を使っています。
・・ですので、「無常」にお詳しい方がいれば、是非ご指導くださればと思います。
私の拙い知識では・・
「空(くう)」に関して色々な解釈があって「空」=「無」と捉える立場もあるけども、
そうではなくて、「空」は「有」でもないし「無」でもない、「空」は「有」と「無」を生じさせる万物の根源である、すべてのものは実体がなく空である(無自性)である
・・これが、中観派の龍樹(ナーガールジュナ)の考え方かと思います。
ここでおもしろいのは西洋の ソシュール言語学 → 構造主義 の系譜でいくところの
「構造」と「差異」と、とてもよく似ていることなんですね。
西洋では「二項対立」という概念があって、簡単に言うと・・
「右」という言葉と、「左」という言葉があります。
「右」という言葉が独立して存在し得るか?・・無理ですね、反対概念の「左」が必要です。逆もしかり・・
実際には「右」も「左」も無くて「差異」しかない・・実は「右」と「左」の距離感が、
「右」「左」という言葉、概念を存立させている。
その距離感が、「空」と関連しているのではないか?・・・
かくして、西洋と東洋とは限りなく近づいていくのですね。
そこが、とてもおもしろく感じています。
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について・・私の考えたこと・・
■無常感、無常観について
無常感も、もとの思想は、仏教の無常から来てるので、仏教的無常観と無常感は、それほど違うこともないのではないですかね。
無常というのは、仏教では「苦」は「執着」が原因と考えているわけですから、それを、取り除く為の、基本的考えです。(仏教の目的は、「苦」からの開放ではないでしょうかね)
「常」なるものに「執着」するわけですから、実は「常」なるものなんてない。
「執着」するものが、永遠ではないと認識させることが、第一歩となる。
全てのものは、常に『変化』する。という意味の方が、強いのだと思います。
例えば、
『鉛筆』を見て、これが「変化」してるとは、普通は誰も思わないわけです。
確かに、そうです。さっきと今、何の変化も確認できません。
でも、
「この机の上の鉛筆、何万年後は、どうなってますか?」と聞かれれば
「ぼろぼろに、朽ち果てている鉛筆を想像することができます」
次に
「その変化は、何時始まっているのか?」と聞かれると・・
「あれ?」っと思うわけです。
「たった『今』も、見えない、変化を続けている」・・と『分かる』わけです。
自分の認識とは『別に』全ての変化は『今』続いているわけです。
だから・・諸行無常ですね。変化するものへの「肯定」があるわけです。
■「空」については、
その前に、「無自性」とは、「それだけであるというものはない」(単独で成立しない)、「縁起」という相互?関係でしか、成立しないという考えです。
単独で成立しないのだから、「絶対的」神も単独で成立しません。
そして、『固定的な実体』はない。
中観派の龍樹(えらいの出してきましたね)・・については、昔。視点さんに向けて
>仏教でいう空観(実体はないこと)、中観、仮観(形として現れたもの)
>の中で仮観(全ては結果by視点)しか見えていないという感じでしょうかね。
>中観(中道)を大事にして欲しいもんです。(笑)
とコメントしたことがありましたが・・・
人が認識してるのは「仮」であっても、本質は「空」なのだが・・・
現実に生きている人は、どちらにも、偏らず「中観」(中道)が大事ということだと理解してます。
まあ、そりゃそうです。
全部「まぼろしさー」では、日常生活無理っぽいですからね。
■「空」東洋と「科学」西洋については、
ウイキでも・・(無常感さんのコメントでも説明されてましたが)
現代物理学においては、『真空のゆらぎ』によって、何も無いはずの真空から電子と陽電子のペアが、突然出現することが認められている。このことによって、現代物理学では『完全な無(絶対無)というものは物理的に存在しない』とされている。
と書いてあるし。『固定的な実体』はないという「流れ」があるのでしょう。
数学のような、不変で、決定的なことのようなものも、ゲーデルの不完全性定理では、数学理論が「自らの理論体系は完璧に正しい」と証明することはそもそも不可能なことが証明されている。
光も粒子であり、波である。(どっちやねん)と・・・・
マクロで通用する力が、ミクロでは通用しない・・などなど・・
まあ、「混沌」としてるわけです。その考えが「空」の概念に近いと最近は言われているわけです。
(そうですよね)
■ 無常が好きな人って???
だから・・・無常なんて、思考が「好き」な人は、西洋的で『固定的』な「二項対立」が基本的に嫌いというか、疑っているのだと思っていたのですが・・・ですが・・・ですが・・
無常感さんは、西洋的「二項対立」を積極的に利用する方法を「好んで」してましたよね・・・
(重要案件でもないことでもね。)
以前の、私の、無常感さんへのコメントだが
>教育ってのは、「なまもの」人間を扱うだろ。単純じゃないんだよ。
>そこで、
>「善・悪」「正・邪」「被害者・加害者」という『二元論』で、語る人を信用してないんだよね。
>ある人にとって、どっちが、公立で、どっちが私立か、わかるだろうけどね。
当然「ある人」とは、無常感さん。(私学は悪・邪・加害者という主張なのでね)
つまり、無常感さんは、西洋的「二項対立」が好きだと、私は思っているのですよ。
無常感さん、教育関係の話でも、「善・悪」「正・邪」「被害者・加害者」という『二元論』という「二項対立」が『正解』であると思っているのですかね?今でも・・・
無常感が「好き」なんて言ってるけど(好きなのかもしれないが)・・・あまりに『ご都合主義』すぎるので「二枚舌ですか?」って感じですね。
■「二項対立」と「人間」原理主義
そりゃ・・
この「二項対立」は攻撃するとき・・非常に「便利」なのは知ってます。
無常感さんにとっては、私のように・・
「データを出し、理屈を並べ、自分勝手で、自分の頭の良さを自慢し、フェアでなく、相手を見下し、バカにする方法だ。」(内容も問題だけど)と批判する人が、「鬱陶しい」ので。そういう人を。
> ただ、個人的には「人間」原理主義は嫌いです。(単なる「独善」ですから)
>(ただし、自己解釈の「人間」を、過剰に振り回す人は嫌いですが・・)
と「前振り」することで・・・
単なる「独善」で「人間」原理主義だ!ということにしたいのかな?。違います?
(こんなレベルは人間主義でもなんでもないと思うけどね)
現在、単なる「独善」で「人間」原理主義が、どういうものか、理解してるのは、無常感さんだけ。
で「あなたは、「人間」原理主義だ!」と断定して批判できるのも、無常感さんだけ。
そうだよね。
だから、具体例に、単なる「独善」で「人間」原理主義が、どんなものか?教えてって言ってるじゃないですか。
ちょっと、長くなってしましまた。
無常感さんへ
今まで適性さんとどんなやりとりがあったのかは知りませんが、少なくとも適性さんはコバンザメ作戦をやめて貴方と対話しようとしています。
無視はやっぱりまずいのではありませんか? 適性さんはこのスレの守護神のような方なのですから好き嫌いはあるかもしれませんが問いかけには答えるのがマナーじゃないのかな?
視点さん、根本的さん、私などはループになりながらもつかず離れずで適性さんとのやりとりを楽しんでいます。その中で話題が広がるし新しい本を紹介されたりしたりでこのスレはいい刺激になっています。
無常感さんが物知りなのは良くわかりました。願わくは適性さんとのやり取りでさらに「へえ~・・・こんな考えもあるんだ」と門外漢の目を開かせる議論を期待します。
無常話で盛り上がっているところ、KYで失礼します。
根本的さん
>それはケチ臭い欲望を満たして満足しているひとが多いからじゃないの。
>それが習慣になってしまって、「本来の大いなる欲望」が抑制されてしまうのかな?
それは困りますね。ケチ臭い欲望で満足してしまう人が多いのはどうしてでしょうね。
>別に高尚な話なんてしてませんよ。野望だって言っているじゃないですか。
「日本が子々孫々まで永遠に繁栄し続けるために、今こそシステム改革が必要」というような
本来の大いなる欲望は、本人が野望だと思っていても、他人から見れば十分高尚なのですよ。
>>人間は、本来自分のことが一番かわいい、自分のことが一番大事。
>だから「世のため人のため」なんて「善い」目的を強要したってダメだということ。やっぱり、自分の野心ですよ。
そう来ますか。
ほとんどがケチ臭い道まっしぐらという状況をもう嫌というほど見させられましたが、
それでもなお、まだほんのわずかな人の大いなる道に賭けるわけですか?
世のため人のためを強要するんじゃないです。それが普通の世の中にすればいいでしょ。
震災時に食べ物の奪い合いにはならない。別に強要したわけではない。それが普通だったように。
中にはケチ臭い道に走る人もいるでしょうが、その人はあまり尊敬されない。
それでは自尊心が傷つくから少数になるでしょう。人は人に認められたい生き物ですからね。
今はケチ臭いだけなのに、多くの人から「すごい」と認められているのです。
だから、ほとんどがケチ臭いままなのでしょう。
>>神がいるはずのお手本の欧米も今ガタガタしているのはなぜでしょうか?
>知りません。
あっさりですね。興味ないのですね。































