アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
電話は、白い犬
車は、スズキの社長さんがんばっていますが
ドイツに押されぎみ
日産は、外資
野球も韓国グループが2つ
テレビ局も韓国系
孫さん外資に日本の銀行売りましたよね。
そんなこんなで気がつけば労働者は、日本人
管理は、外国人とかになるのは本当に勘弁願いたいです。
円高を利用して海外の企業を買収するチャンスでもあるのですから。
未来さん
>私学助成金は、どういう経緯でそうのような形になったのでしょうね。
>私学助成にもきっかけがあったと思います。
以前、クラーク博士の当時の言動を理解するために・・・
>いま現在での立ち位置から「もともとあったもの」という前提で、物事を見ても分からない。
>それが生成された時代に、意識をさかのぼらせて考える必要がある・・
>こういうのを「知の考古学」などといいます。
・・などと書きましたが「私学助成」も同じなんですね・・その時代に思いを馳せないと理解できない。
きっかけは昭和40年代の学生運動なんですね。
学費値上げ反対!・・などと学生が息巻いていた時代で、私学経営への危機感が高まった。
その結果出来たのが、昭和51年施行の私立学校振興助成法です。
ところで、当時は東大合格者数で灘高校が日比谷高校を抜きトップ(昭和44年)となり、
社会に衝撃を与えた時代・・・受験中高一貫私学など、まだまだ一般化していなかった。
つまり、当時は、私学助成の対象として、東大、京大に合格者を何十名も出す私立高校など
あまり想定・・ほとんど視野には入っていなかったわけですね。
実質的に高校全入という社会的コンセンスがあるなかで、公立では供給力が足りない分を、
行政が公立高校と同等とスペックを認めた私立高校でその不足を補う・・
そして、そういった私立高校に経済的支援を行う根拠があったということです。
そういった観点で、私学助成を合憲とした下級審判決、それを支持する「多数説」の論旨において、
憲法第26条「ひとしく教育を受ける権利」を下地にしているのは、たしかに妥当だと思います。
・・ところが、その後に、受験中高一貫私学が急成長してきたわけですね。
いまや、東大、京大合格者数上位10校の8~9割は、私学の名前となっています。
「ひとしく教育を受ける権利」・・国民の教育の「機会均等」という観点で、
受験中高一貫私学 の私学助成に関する要件チェックは?・・・多分、ノー・チェックなんでしょうね。
それはおかしくないのか?・・それが私の疑問です。
>国から助成されている時点で
>それが、私学と呼べるのか不思議です。
そうなんですよね・・私も不思議なんですね。
福澤諭吉が『学問のすすめ』で説いたように、官に頼らない・・それが本当の「私学」だと思います。
無常感さん
すごく明確で、わかりやすくて納得しました。
「知の考古学」すっと理解できました。
>公立では供給力が足りない分を、
行政が公立高校と同等とスペックを認めた私立高校でその不足を補う・・
そして、そういった私立高校に経済的支援を行う根拠があったということです。
私、助成金の話スレで読んできて
またこれも、
見直しのないままずるずるきているひとつの事例なんじゃないかな
なんてうすうす考えてました。
余裕もないのに、きちんと改正されない。
>ノー・チェックなんでしょうね。
本当にありえます。
>官に頼らない・・それが本当の「私学」だと思います。
イギリスやアメリカは 私学は、自立している。
今まで通り、私学に助成金を投入するなら
私学という名前ではなくなんらかの 改正をするべきだと思います。
それこそ 公立に入れなかった子供達のための 新しい名前の呼び名の学校として。
それなら 助成金についても納得ができます。
無常感様
結局、
・・ところが、その後に、受験中高一貫私学が急成長してきたわけですね。
いまや、東大、京大合格者数上位10校の8~9割は、私学の名前となっています。
↑
結局、「自分の尺度で気にいらない学校に私学助成は必要ない」
と言う事なのですね。
だったら、他の皆さんのように「私学助成反対」で良いのでは?
私がなぜ無常感様に質問したか、わかりますか?
「その尺度はどこで測るのか?」と問われた時「測れない」からです。
国医、0人、東大0人、京大0人~みたいに、人数設定でも設けるつもりでしょうか?
そして、上澄み層ばかり見てらっしゃるが
こういう書き方は嫌いだが
偏差値30の子を50に引き上げ、普通の大学に進学させる学校は
「大学進学率を 売りに(下品な表現だ)していないのか?」
うちの母が勤めていた学校は、教師達が生徒の生活面と向き合い、放課後生徒達を残し、徹底的に基礎学力をあげ、生徒、教師達の長年の努力の結果中位のレベルまで上がっていった学校です。
保護者の方達、生徒さん自身も驚いたと思います。
本来ならば、KKDRなど卒業生から一人も出ないレベルの学校が、数人、十数人、そして数十人~と、年数が経つにつれ、どんどん増えていくのです。
そこにあったのは「生徒さんと保護者さんと教師達の努力」です。
そうしているうちに、世間の評判が変化してくる。
とてもじゃないが、、と思っていた層が「近頃は結構頑張っているよね」と、その学校教育に信頼を寄せ、志望校とする者が増えてくる。
さあ、プラスの流れが出てきます。
そのプラスがマックスまで行き、世間的な評判を得た学校は(努力した学校は)「嫌い」としか受け取れません。
単なる好き嫌いですね。
弱者はエエけど、強者にはダメ。
私にすれば、その線引きはどこから始まり、どこで切るんだ?
と言う事です。
視点の親父さんも、きっぱりと「私学助成反対」→私「なら、スポーツ選手が困るよ」→「あ、なら、そういった学校は残そうかな~」
これと、同じでしょう。
そこにあるのは、単なる自分の「好き嫌い」。
ですね。
地域、時代さんへ
>結局、
・・ところが、その後に、受験中高一貫私学が急成長してきたわけですね。
いまや、東大、京大合格者数上位10校の8~9割は、私学の名前となっています。
の。。どこの部分を読んだら、好き嫌いの話になるのか
ちょっとわからないです。





























