充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
量的さんの書き込みを拝読しつつ思うに、
助成金をなくしたり、中高をすべて公立化したところで、
視点さんのいうフライングはやっぱりなくならないし、
ノーベル賞を狙える素材を育成できたり、
発掘できたりするわけでもない。って気がするんですが。
むしろ行政にとっては、単なるコスト増という見方も。
私学の親が払っていた学費や寄付金分の収入が確実になくなるんだから、
あたりまえだわな。
公務員の手厚い年金システムや、
給食のおばさんや横断歩道の旗振りのおばさんの給与から想像するに、
人件費絡みもかな~りふくらむ予感。
経済的弱者救済作戦としては、
返還不要の塾代奨学金システムでもつくって、私学生公立生関係なく、
一定額以下の所得の家庭の子供の希望者から、
試験で、東京なら上位100人とかに(この数字は根拠なし。なんとなくです)、
鉄やそのクラスの塾に通えるような、
塾代を助成してあげるとかしたほうがいいんじゃないの。
頑張っている子供を引きずり下ろすんじゃなくて、
頑張りたいんだけど、環境的に恵まれない子供を引き上げる方向で
考えたほうが、日本の未来にとって建設的かと。
点取りマシン撲滅作戦に関しては、助成金廃止も全校公立化も無関係。
塾や家庭教師など、自力勉強以外すべて禁止条例なんて
できるわけないんだからさ、大学入試の内容を変えなきゃ、無理ムリ~。
未来さん
未来さんのお子さんの小学校は習熟度別だったんですね。
みんな平等にというよりも、
それぞれの子の能力に応じて理解度を高めていったほうがいいという
保護者の方が多いからうまくいっているのかもしれませんね。
勉強がわからない、意欲のない子にきめ細かく対応して、
少しでも「わかる→勉強が楽しい」となると、
一歩踏み込んだ授業ができるようになるかもしれないと思っています。
一つの学校の中で「習熟度別」「非習熟度別」を
選べるといいのかなと思いますが、
少子化でクラスごとの人数が集まるかどうか。
先生の人件費の問題もネックになりそうですね。
量的さんの構想を拝見して…
もし、学校群やゆとり教育の前に私立が公立になっていたら…。
今、私立伝統校と言われるところはそのままの教育内容で
残っていたでしょうか。
行政の都合や時の権力者の胸一つで方向性が一斉に変わってしまうのは
公立の持つリスクではないかと思っています。
公立になっても、それぞれの学校の独自性が保持できるのでしょうか。
また、私立というライバルがなくなってもなお
改革を進めることができるでしょうか。
私立が公立に組み込まれると、
公立としての大学合格実績は上がるでしょう。
でもそれを単純に公立の教育の成果としてとらえていいのか?という
ところは押さえておいたほうがいいと思います。
実績に反映される能力を持った生徒が
私立から公立にシフトしただけで、
公立そのものは変わらないかもしれないからです。
こちらでも話されているように、まず「公立改革」
「大学を含めた受験改革」からだと思います。
みなさん おはようございます。
>それを考えると、確かに、今のように、4年から3年間通うのがあたりまえ、気が利いている子は1年生からが”当たり前”!!というのは、どこか違和感ありですね、確かに。
そうなんです。小学校で勉強しているのにです。
量的さん
ありがとうございます。
これだけ壮大な、仮定をもとに
ここまで、案を立ち上げられるというキャパシティに脱帽しました。
ひとつひとつ、丁寧に考えられていて何回も読んで
状況を掴みつつこれからの方向を改めて
思索したいです。
今、石原都知事のおかげで都立復活しつつあります。
このご時世で
少子化でもありますし、増えすぎた私立は淘汰され
質のよい教育を公立で受けられるように
ならないかと考えます。
私の地域では、中学受験は10%です。
ですので、90%の子供のことを考えるのは
ごく普通のことだと思います。
私立廃止案は、視点さんのご意見です。
このものすごくおもいきった切り口が魅力です。
ものごとの是非を問う時
ある意味価値観を問うくらいの問いかけが必要なんじゃないかと
思うのです。
>実は、わたしは、自分が小学校から大学、大学院まで公立、国立の経歴だったので、荒波に揉まれています。このアイディアには非常に惹かれるというのが、本音です。
基本的に、公立、国立出身者の発想は、
自学なんですよね。
そこには、想像性、創造性という貴重な財産があると思うのです。
量的さんも、先輩として伝統校の教壇に立ってお話をされているのでしょうか。
私は、お話を聞いてみたいです。
国の財政といいますけれど、
無駄が多いですよね。
原発のからくりをみるだけで、
どれだけ国民の血税が無駄にされていたのか実感できます。
凡才さん、
わたしにとり、良い点のご指摘を、早々にいただいたと思います。ありがとうございます。
その点、少々意見もないではないでますが(*)それは置いておいて、
ポイントのご指摘に大変に感謝しています。他の議論を先にしたいなと個人的には思っていますが、各論議論するタイミングも当然あるかと感じています。
(*)国と東京都からでている補助金の額を実際に見ると、ハードルはそれほど高くないと考えています。
企業人さんの提起した「ゆとりはエリート教育推進のため出来ない子を切り捨てるために作った」という三浦朱門の発言を確認するため寺脇研(文部官僚。ゆとり推進の原動力になった。鹿児島ラ・サール出身。その後ゆとり批判を受け左遷される)の本を読んでいたら面白い一説がでてきました。
周囲から「暗いやつ」と言われた東大時代
東大に入ると日比谷や小石川といった、都立高校から来ている人間と一緒になった。彼らはほとんど一浪で入ってきていた。その人間たちと話すといろいろ面白いことを知っている。高校時代はもともと制服なんて着ていないような人間たちだから、ファッションセンスもいい。
「東大なんて現役でがりがり勉強して入るもんじゃねえよ」というノリで実にかっこいい。女友達も沢山いて本当に楽しそうにしていた。私の同級生で勉強一筋で東大に入った人間たちは、宮台真司氏がよく言う「田舎で一生懸命勉強して東京に来たら愕然としてしまう田吾作」みたいに雰囲気だった。
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これは昔の話ではあるけれど・・・・・・学校群以前~都立が命脈を保っていたころまでの感じが良く出ています。
坂本龍一・・・・・・新宿高校。 林望・・・・・・・戸山高校。などなど。高校生活を思いっきり部活や自分の勉強で満喫したって一浪ぐらいすれば大学なんて入れるんですよ。 量的さんや企業人さんの話の面白さったらないでしょう。私立中学に入れなければ人生終わりなんて思わせる「塾のプロパガンダ」なんて乗る必要はないんです。
だけど・・・・・・・・「そんなこと言って今の都立はどうなんだ? ご両人のお子さんは公立中行ったのか?」・・・・・・と適性さんにつっこまれるのが目に見えているのがつらいところですが。
言いたいことは「素質のある人間はどこにいようと勉強できる」何も小学一年から塾通いなどする必要はまるでないということです。
夏は泳ぐ、虫取りする。秋は野球にハイキング。・・・・・戸外でどんどん遊んで何かを発見し子供経験を積み上げていく。それが後年生きてきて目に見えない大きな財産になっている。その貴重な時代を潰す長期間の塾通いをする中学受験はスケールの大きな人間を産み出すとはとても思えません。
判断さん
そうなんです。
>少しでも「わかる→勉強が楽しい」となると、
一歩踏み込んだ授業ができるようになるかもしれないと思っています。
わかるからやる気になるそれぞれの子の
成長段階、資質などが違う以上
習熟度というのは、どの子にとっても本当の教育であるはず
なんですよね。
中学受験で私学を受ける時も
自分にあったところに(学力)
という目安ありますよね。
授業スピードが速く中学の基礎部分が疎かになり
大学受験で力をだせないケースがあります。
少子化なので
公立学校統合はこれから行われていくと思います。
量的さんの 考案で
浮き彫りになってきた
問題点はとても貴重だと思います。
>私立が公立に組み込まれると、
公立としての大学合格実績は上がるでしょう。
でもそれを単純に公立の教育の成果としてとらえていいのか?という
ところは押さえておいたほうがいいと思います
優秀な子供達が集まるところが偏差値が高い学校と
云われるので
試験で選抜しているのですよね。
私は、優秀な子は私立でも公立でも
場所が変わるだけでないのかと考えてます。
>まず「公立改革」
「大学を含めた受験改革」からだと思います。
私もそう考えています。
>行政の都合や時の権力者の胸一つで方向性が一斉に変わってしまうのは
公立の持つリスクではないかと思っています。
こういう懸念が残りますものね。
半公的施設の私学(助成金を受けてますから)
というライバルの抑勢力なくして、日本の現在の教育改革が
進まないというのはなさけないと感じます。





























