アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
う~ん・・・と、
「機会均等」が何なのかを、整理出来ていないと何の話か分からなくなるので整理しますが、
憲法第26条第1項で規定する国民がひとしく教育を受ける権利・・・これが「機会均等」であると。
教育の提供者(主体)は誰でしょうか?・・・国家ですね。
国家は「教育の提供方法」を2つ用意しています。
①国家(あるいは地方自治体)自らが行う。
②国家(同上)から認可を受けた私学が行う。
① + ② が、国家が国民に提供するものとして、「機会均等」でなければならない。
① と ② でスペックに大きな違いがあったとしたら?・・「機会均等」は果たせていません。
特に、②は日本独自に「公教育」と解釈しているという特殊事情がある。
② のスペック超過を認めたら、憲法第26条第1項・・これは ザル法 になりかねない。
>お金がなければ鉄緑いかなくても東大に合格すると思います。
>→その子の持って生まれたもの、意欲、キャラだから機会均等とは関係ないです。
お金の話も、鉄緑も、機会均等とは関係無い・・関係あるのは、「国家」との関係です。
>その子の持って生まれたもの、意欲、キャラだから機会均等とは関係ないです。
量的さん
このように言い切ってしまうのは,
「育てよう」「なんとかしよう」の放棄ですね。
全体のことなど,そもそも,お考えではないでしょう。
視点さんキレてるなあ。いろんな意味で(笑)
スポーツを通して、私が学んだこと。
それは「フェア」だったのですね。
改めて気づかされましたよ。
「フェア」1 道義的に正しいさま。公明正大なさま。「―な精神」「―な価格設定」2 規則にかなったさま。またスポーツで、規定の場所の内にあるさま。「―な試合」
>お金の話も、鉄緑も、機会均等とは関係無い・・関係あるのは、「国家」との関係です。
まあ・・量的さんも、これをお分かりのうえで、
あのように書いているおられるのかもしれませんけどね・・
要は、「機会均等」は、国家と国民の契約(憲法)の問題であって、
民間 ~ 民間の 情緒的関係を意味しているわけではないということですね。
視点さん
>ちなみに理Ⅲって公立からの合格率は何人(何%)なの?
あなたも調べてくださいね。
公立の比率は下がっている可能性はあるでしょう。
無常感さんのお書きになったように
>中高一貫私学の受験実績というのは、何にもこれらの私学が優秀だからというわけではないです。
>公立学校(公教育)で行う受験教育への激しい批判があって、構造的に私学シフトしただけのことにすぎない。
のですから、私学からの理3への合格率が上がったからと言って、私学が有利だとは言えません(有利である可能性も否定しません)。





























